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朝ドラ「エール」モデル 古関裕而作曲の釜石市民歌、制作過程に意外な事実

市内中心部にある釜石市民歌の石碑
楽譜と歌詞が掲載された37年6月22日付朝刊。作曲古関裕而と記されている

 岩手県釜石市の市民歌は、日本を代表する作曲家の一人で福島市出身の古関裕而(1909〜89年)が作曲した。これまで制作過程がはっきりしていなかったが、主人公のモデルとなったNHK連続テレビ小説「エール」で注目度が上昇。意外な事実が見えてきた。(釜石支局・中島剛)

 市民歌は釜石が岩手県内2番目の市となった1937年に誕生した。県内の市民歌では最も古い。「仰げ颯爽(さっそう)三陸の」で始まる歌詞には「鉄の都」「大豊漁」「国際要港」「溌剌(はつらつ)」「凜然(りんぜん)」の表現がある。現在に通じる産業基盤、発展著しい当時の躍動感を伝える。

 防災行政無線のチャイムとして使われ、1日3回、軽快なメロディーが約50秒響く。中心部には5番ある歌詞を刻んだ石碑がある。「ただ、古関さんが作曲者というのはあまり知られていないのでは」と市総務課の担当者は話す。

 市のホームページでは「昭和12年の市制施行を記念し、新聞社の事業として作られました」と簡単に紹介されているのみ。「エール」の開始で市民の問い合わせを受けた市が調べたところ、寄贈したのは河北新報社だった。

 市民歌は70年代までは地域の運動会などさまざまな機会で歌われたが、徐々に知名度が低下。89年には存廃を巡り検討委員会が設けられ、市民アンケートが実施された。市広報の特集に「河北新報社が一般から募集したとのことです。作られた経過などははっきりしません」と記されている。

 市に37年当時の資料は残っていない。97年発行の河北新報社史「河北新報の百年」には31年に仙台市民歌、39年に宮城県民歌を寄贈したとあるが、釜石市民歌の記載はなかった。

 37年の紙面を検索すると、5月31日付朝刊に釜石市民歌の歌詞募集の社告があった。「釜石市の前途を祝福し、誕生を永久に記念し、愛市精神を鼓舞する」と公募の趣旨を説明。締め切りは6月10日で社告は計5回掲載された。

 作曲は日本コロムビアに委嘱した。発表は6月15日付で仙台市の広瀬喜志が入選した。審査には釜石市、コロムビアも加わった。短い募集期間にもかかわらず746点の応募があり、北海道、四国、九州からも作品が寄せられた。

 紙面に古関が登場するのは6月22日付。歌詞と楽譜が掲載された。古関裕而記念館(福島市)の氏家浩子学芸員は「名指しの依頼ではなかったと思う。コロムビア専属だった古関がたまたま出社していてお願いされたのだろう。ヒットメーカーになりつつある時期でまだ著名ではなかった」と推測する。

 古関は生涯で約5000曲を作った。戦前制作の市町村民歌は軍国賛美の歌詞が敬遠され、多くはお蔵入りになっているという。氏家さんは「現役の市町村民歌では恐らく最古の古関作品。勢いのある曲で、歌詞も郷土愛にあふれている」と評価する。

 野田武則市長は「釜石を上手に表現している。曲も歌詞も素晴らしい。大切な財産で長く歌い継いでいきたい」と話す。市民歌は市のホームページで聴くことができる。


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2020年05月31日日曜日


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