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大崎・岩出山「カサハラ製本社」惜しまれ幕 今月末営業終了、需要減見越し決断

手掛けた和とじの本と外装箱を説明する笠原さん

 東北で高い技術が必要な製本を手掛けてきた大崎市岩出山の製本会社「カサハラ製本社」が、今月末で営業をやめる。新型コロナウイルス感染症の影響による需要減を見越し、決断した。60年近く製本士として働いてきた社長の笠原孝さん(73)は「本を求める人は決してなくならない」と技術の継承を望む。
 日本伝統の和とじの本や外装箱、本革を表紙にした特注本…。少部数の本を中心に、手作業による製本を担ってきた。古本を和紙で裏打ちする修理も請け負うなど、機械ではできない丁寧な仕事ぶりが評価され、依頼主は東北一円に広がっていた。
 岩出山生まれの笠原さんは中学卒業後、集団就職で上京、15歳で製本の世界に飛び込んだ。2歳の時にポリオ(小児まひ)にかかり、左足が不自由だ。「技術は見て覚えろの時代で何も教えてくれなかった。健常者に負けたくないと頑張った」と振り返る。
 製本技術の全てを身に付けるため、4社で修行を積み、25歳で独立。1979年に岩出山に支店を開いた。その後、東京の仕事は人に任せ、故郷の仕事に専念した。卒業アルバム、企業社史などの注文が相次ぎ、バブル期は社員18人で24時間稼働した。
 デザイナーの難しい依頼にも応えた。有名海外ブランドの特装写真集を、外装箱などを含めて3カ月がかりで作り上げたことも。
 現在は笠原さんと熟練社員3人が作業に携わるが、新型コロナに道を阻まれた。「コロナの影響で発注は減る。資金を借りても平常に戻るまで時間がかかる。若ければ頑張るのだが」と店じまいを決めた。
 仙台市の印刷会社「東北プリント」は20年以上、笠原さんに新聞の製本などを依頼してきた。同社の高橋剛さん(57)は「確実な仕事で、製品不良は一度もない。東北で代われる製本会社はない」と惜しむ。
 技術が途絶えるのを心配する笠原さんは8年前から印刷会社を対象に製本の勉強会を開催。今も希望する会社に社員を派遣し、培った技の普及を図る。
 近年は自費出版などの依頼も増えてきた。笠原さんは「製本技術は残したい。教えてから仕事を終えたい」と願っている。


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2020年06月19日金曜日


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