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<まちかどエッセー・小林隆>方言はタイムカプセル

小林隆さん

 昔のことを調べるには文献が役立つ。言葉についてもそうで、古代の日本語ならば、『万葉集』や『源氏物語』を読めば分かる。しかし、かゆいところに手が届かないように、いまひとつ実感が湧かない。かといって、タイムマシンがあるはずもなく、奈良や平安の昔に行って、みやこの人々と会話を交わすことなど夢の話である。しかし、諦めることはない。タイムマシンは無理でもタイムカプセルなら存在する。それは方言である。なぜなら、古い時代のみやこ言葉は、各地に広まり方言として残っているからである。つまり、方言は、悠久の日本語の歴史を今に伝える生き証人なのである。
 例えば、高校時代、古文の授業で覚えるのに苦労した二段活用や「こそ」の係り結びは九州で使われている。東北も負けてはいない。「行くベー」の「ベー」は「べし」の子孫であり、「来たっケ」の「ケ」は「けり」の末裔(まつえい)である。「メンコイ」は万葉語「めぐし」に由来し、「イズイ」は室町時代の「えずし」にさかのぼる。日ごろ、私たちがよく使用するなじみの方言が、実ははるか昔のみやこ言葉を現代によみがえらせたものなのである。『万葉集』や『源氏物語』の写本が文化財だとすれば、各地の方言もまた文化財だと言ってよい。そして、方言が文化財なら、さしずめ方言を話す人たちは人間国宝ということになる。
 方言がかように貴重なものだとすれば、それをやすやすと共通語と取り換えてしまうのは実にもったいない。私たち一人一人がもっと方言を大切にすべきであり、文化行政の側でも方言の保存・継承に力を入れてほしいものである。学校の古文の時間は地元の方言と対比しながら授業を進めるのもよいのではないか。自分と関係のない別世界の言葉ということで大した興味も持てなかった生徒たちが、がぜん目を輝かせることまちがいなしであろう。

[こばやし・たかしさん]東北大方言研究センター教授。1957年新潟県生まれ。東北大国語学研究室を経て国立国語研究所研究員。2004年東北大文学部教授。博士(文学)。専門は方言学。著書に『ものの言いかた西東』(岩波新書)、『とうほく方言の泉』(河北新報出版センター)など。仙台市青葉区在住。


2020年07月06日月曜日


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