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仙台空襲75年 「爆撃中心点」プレート、市民有志が設置除幕式

仙台空襲の記憶を伝えるプレートに見入る市民ら=仙台市青葉区中央2丁目

 市民1399人が犠牲になった1945年の仙台空襲から75年を迎えた10日、米軍が焼夷(しょうい)弾投下の目標にした「爆撃中心点」を示すプレートの除幕式が、仙台市青葉区中央2丁目であった。宮城学院女子大の大平聡教授が代表を務める市民有志が「戦災の記憶を次世代に伝えたい」と設置した。
 プレートはA2判のアクリル板で、桜井薬局ビルの1階入り口の壁面に掲げられた。「仙台空襲を記憶する場」と記されている。米軍の偵察機が仙台を空撮し、攻撃地点を定めた合成写真図(米国立公文書館所蔵)や解説文が載る。
 設置は、大平教授と市民グループ「仙台・空襲研究会」(新妻博子代表)のメンバーが寄付を募り進めてきた。大平教授は「戦争の悲惨さを想起できない人が増えてきた。過去の歴史を知り、今の平和を踏み固めてほしい」と願う。
 仙台空襲は、45年7月10日未明、123機の米爆撃機B29が市中心部を夜襲。約500ヘクタールが焼け野原となった。米軍は爆撃の中心点として現在のクリスロードと東三番丁が交差する地点を狙った。


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2020年07月10日金曜日


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