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将来楽観、強い仲間意識 よみがえったトキワ荘

壁の貼り紙や汚れ具合といった細かい部分まで忠実に再現された共同炊事場
60年ごろ、トキワ荘2階の裏口に立つ山内さん。雑誌編集者が原稿の催促に来ると、漫画家たちはしばしばここからそっと逃げ出したという(山内さん提供)

 東京都豊島区のアパート「トキワ荘」に住んでいた漫画家の石ノ森章太郎さん(宮城県登米市出身)と赤塚不二夫さんが夏場の深夜、共同炊事場の流しに寝転んで一緒に水浴びをしたという出来事は2人の間柄を象徴する有名なエピソードだ。

 トキワ荘の再現施設として7日に開業する区立トキワ荘マンガミュージアムに、若き漫画家たちの暮らし向きを伝える共同炊事場が再現された。
 トキワ荘には風呂場がなかった。1960年9月〜62年3月、石ノ森さんの仕事部屋に寝泊まりした元アシスタントで同郷の山内ジョージさん(79)=東京都江戸川区=はずっと後になって、赤塚さんから「石ノ森さんがおっくうがって銭湯に行かなかったので、体を洗おうと誘った」と聞かされた。
 石ノ森さんが手掛けた作品原稿を午前0時ごろに受け取り、朝方5時まで背景を描く仕上げ作業をした山内さん。当時はよく炊事場で、売り出し始めたインスタントラーメンを夜食用に作った思い出がある。
 「トキワ荘にいるだけでとにかく楽しかった。この先、生活が成り立つかどうかも分からなかったのに、将来はなるようになるだろうと思っていた」
 昭和半ば、漫画は子どもを毒する悪書と批判される風潮があった。トキワ荘の漫画家は時に、昼間からウロウロしている変わり者と近所の住民から後ろ指をさされていた。
 石ノ森さんたちはトキワ荘時代を回想する著書の中で、漫画家が夜な夜な誰かの居室に集まっては焼酎をサイダーで割った「チューダー」を片手に、映画や音楽の話で盛り上がった様子を紹介している。それぞれの胸の内には「一日でも長く、好きな漫画を描いて暮らしたい」という強い仲間意識があったようだ。

 締め切りが迫った仲間の原稿制作を徹夜で手伝うこともしばしばだった。山内さんは「明け方、編集者が完成した原稿の束を抱え、階段をギシギシ踏み鳴らしながら大急ぎで帰社していったよ」と笑う。
 炊事場や階段などの共用部が忠実によみがえる一方、漫画家の居室内が復元されたのは山内さんのほかに、本人が快諾したよこたとくおさん(83)=田村市出身=、水野英子さん(80)、鈴木伸一さん(86)の3人のみ。
 水野さんは「トキワ荘復活は奇跡としか思えない。他界した仲間たちも、生きていたら心から喜んだだろう」と語る。山内さんは「人生の恩返しとして、石ノ森さんや赤塚さんらの室内も再現させてもらえるよう、著作権を管理する各プロダクションにお願いしていきたい」と力を込める。

 日本を代表する漫画家が若手時代に共同生活を送り、技術を磨き合ったアパートとして世界的に知られるトキワ荘が、38年ぶりに復活した。山内さんの証言を基に、トキワ荘が漫画文化の発展に果たした役割や、再現を契機に漫画家の出身地と連携した地域活性化を模索する地元住民の期待と課題を紹介する。
(東京支社・橋本智子)


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2020年07月04日土曜日


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