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青函連絡船爆撃75年 青森港で追悼式 悲劇忘れぬこと平和の力に

戦災の碑に折り鶴をささげる今村会長

 太平洋戦争末期、米軍による青函連絡船の爆撃で亡くなった乗客乗員を追悼する集いが14日、青森港(青森市)の「青函連絡船戦災の碑」の前であった。戦禍を題材にした劇に取り組む青森中央高演劇部の生徒も初めて参加し、記憶の風化に警鐘を鳴らす碑文を朗読した。
 市民でつくる「青森空襲を記録する会」が主催し、参加した遺族や会員ら約30人が黙とうをささげた。今村修会長(78)は「戦災から75年の節目を迎えた。青函連絡船の悲劇を忘れないことが、平和を100年、200年と続ける力になる」と語った。
 青函連絡船は1945年7月14、15日と8月10日に13隻が攻撃を受け、10隻が沈没、3隻が座礁。乗員や乗客計424人が亡くなった。「津軽丸」「第3青函丸」「第4青函丸」は今も海底に沈んでいる。
 第3青函丸の1等航海士だった父井沼富蔵さん=当時(37)=を15歳の時に亡くした青森市の黒滝富江さんは「父は今も海の底で眠っている。若い世代が忘れずにいてくれることに、感謝の気持ちでいっぱいです」と目を潤ませた。


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2020年07月15日水曜日


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