山形のニュース

<とうほくドローンeye>おくのほそ道編(23完)鶴岡/遙々(ようよう)のおもい

芭蕉も通った近世念珠関址。復元されて往時をしのばせる
動画は河北新報オンラインニュースで

 北前船で栄えた酒田の町に、芭蕉はすっかりはまったようだ。親切な人々と離れ難くなり∧余波(なごり)日を重(かさね)て∨しまった。
 <漂白の思ひやまず>白河の関を越え、はや2カ月余り。松島、平泉、山寺、月山、象潟と、名跡や歌枕の地を巡った。長逗留したのは、みちのくの旅の余韻にも浸っていたのか。
 「歌枕に対し、俳句の『俳枕』を試すなどして自分の世界を確立した。芭蕉にとって最高の旅になったでしょう」と庄内民俗学会の春山進さん(72)は俳聖の達成感を代弁する。
 心が残る地を出発し、奥州三関の一つ<鼠(ねず)の関(念(ね)珠関(ずがせき))>に到着。近くには源義経の伝説が残る弁天島がある。実り多い旅を振り返り、しみじみと島影を眺めたかもしれない。今は白亜の灯台が立ち、日本海を行く船を見守る。
 関越えし、越後から西へ。みちのくで育んだとされる宇宙観で七夕を詠んだ句を、芭蕉は置き土産のように残している。
<荒海や佐渡によこたふ天河(あまのがは)>

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 「とうほくドローンeyeおくのほそ道編」は今回で終わります。
(この連載は写真部・庄子徳通、小林一成が担当しました)

▽動画ページはこちら
https://www.kahoku.co.jp/movie/


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2020年07月20日月曜日


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