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父の名入り日章旗、帰る 震災で被災した陸前高田・神原さん「形見できた」

日章の中に書かれた父寅雄さんの名前を見つめる神原さん。出征時に寄せ書きしたとみられる数十人の名前が記されている

 陸前高田市の神原津恵子さん(76)に、太平洋戦争で戦死した父寅雄さん=当時(24)=の名前が記された日章旗が返還された。自分が生まれてすぐ出征した父の記憶はなく、唯一の形見だった写真は約40年前の火災で焼失した。東日本大震災では作り直した位牌(いはい)を再び失った。「思いがけず形見ができた」と喜びに浸っている。
 日章旗は、戦没者遺族への返還活動を続ける米国のNPOや日本遺族会を通じて7月中旬に届いた。絹製で縦約70センチ、横約80センチ。汚れはほとんどなく、激励などの目的で書かれたとみられる数十人の名前がある。
 「返還の知らせを聞いた時はただ驚くばかり。受け取るまで半信半疑だった」と津恵子さん。「わが子とはもう会えないと覚悟を決め、この日章旗を手に旅立ったのかもしれないね」と、写真でしか見たことがない父に思いをはせる。
 陸前高田市出身の寅雄さんは、第1子の津恵子さんが生まれて半年後の1944年夏に出征。激戦地だった南太平洋のトラック諸島(現ミクロネシア連邦)に赴いた。
 現地で戦死したと祖父母らに聞いていたが、今回の返還で最期は野戦病院だったことが新たに分かった。「人知れず亡くなったのではないと知り、ほっとした。少しでも足跡が分かってよかった」と頬を緩めた。
 唯一、手元にあった軍服姿の写真は82年、自宅の火災で焼失。作り直した位牌は2011年の津波で流されてしまった。避難所生活や仮設住宅入居を経て、現在は災害公営住宅に暮らす。日章旗は改めて作った位牌の隣に置いた。
 毎年8月が近づき、戦争に関する話題が多くなると、「父を思うが、思い出は全くない」とやりきれなさを募らせたという。「今年のお盆は父の両親が眠るお墓に出向き、報告したい」と話す。
 終戦から75年の歳月が流れた。「戦争でいいことは何一つない。悲しく苦しいことばかりだ。二度と繰り返してはいけない」。父の日章旗を見つめ、平和の尊さをかみしめた。


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2020年08月12日水曜日


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