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結界「岩手の六芒星」を巡る(上)

田んぼに埋もれる鬼石。奥の森に鹿島神社がある=一関市真柴佐野
岩山の洞窟に立つ達谷窟毘沙門堂=岩手県平泉町平泉北沢
〓草神社の拝殿=一関市舞川大平

 岩手県南の一関地方で、結界「岩手の六芒星(ろくぼうせい)」がパワースポットとして注目されている。六芒星を構成する六つの寺社にはそれぞれ、古代に自然神信仰の対象となった巨岩「磐座(いわくら)」がある。提唱者の郷土信仰研究家金田渉治さん(59)=岩手県一関市=と訪ね歩いた。
(一関支局・金野正之)

◎鹿島神社 田村麻呂が討伐した鬼眠る

 宮城県側から国道4号を北上し、岩手へ入る。JR一ノ関駅方面に向かう田園地帯、茂る稲に埋もれて巨石が眠る。鹿島神社の鳥居前の「鬼石」とされる。
 明治までは鬼死骸(おにしがい)村と呼ばれ、約400人の集落だった。鬼石の周りでは祭りも行われたというが、今は電柱の表示などにだけおどろおどろしい村名が残る。
 鬼石には言い伝えがある。9世紀に蝦夷征伐に入った坂上田村麻呂の軍が、討伐した鬼の大武丸(おおたけまる)の死骸を石の下に埋めたという。
 鬼石のすぐ西側の山林に鹿島神社がある。「鬼を封じ込めたほどの鬼石には結界の力を強める重要な役割があったと思われる」。金田さんは六芒星の重要スポットと位置付ける。

◎達谷窟毘沙門堂 鎮魂祈る義家の大仏

 洞窟に朱色のお堂がのめり込んで立つ。洞窟はかつて悪路王という蝦夷がとりでとした。蝦夷の首領阿弖流為(あてるい)と同一人物とも目される。悪路王に戦勝した坂上田村麻呂が801年、毘沙門堂を建てたと伝わる。
 岩肌に高さ約16.5メートルを誇る国内屈指の磨崖(まがい)仏がある。12世紀、前九年の役、後三年の役を経て、源氏は奥州の有力者を退けた。源義家が敵味方問わず犠牲者供養のため、岩肌に弓矢で掘ったとされるのが「岩面大仏」だ。
 金田さんは「岩山そのものが磐座だった」と考える。陰陽師(おんみょうじ)が万物の基として重んじた陰陽五行説の要素「木火土金水(もっかどごんすい)」における「土」と位置付ける。
 「田村麻呂も源氏も古来の文化を封印した上に、新たな文化を築いて東北を統治しようとしたのでしょう」と金田さん。敗れ去った者の足跡は、勝者の歴史に塗り替えられる。それが宿命と感じさせる場所だ。

◎〓草神社 断崖の巨石から敵軍にらむ

 金田さんは陰陽五行説の「木」と位置付ける。一関市舞川の観音山の奥深くにある。木々をもやが包み、神秘的な雰囲気が漂う山林に、人気漫画を思わせる一帯がある。日本刀の源流とされる「舞草刀(もくさとう)」の鍛冶集団が無双の名剣を代々作り続けたという遺跡。石碑や案内板だけが往時を伝える。昨今は「刀剣ファンの聖地」ともされる。
 山道を進んだ先、年輪を感じさせる木造の〓草神社が鎮座する。創建718年という由緒正しい神社だ。
 磐座は境内西側にある大部岩(だいぶいわ)。森をくぐり抜けた断崖にそびえ立つ巨岩だ。上ると平泉周辺の田園地帯が一望でき、北側には白山神社のある山が望める。
 「敵軍の動きをにらむ物見の役割があったのでしょう。鍛冶場も含めて軍事拠点だったと思われる」と金田さんは解説する。

[岩手の六芒星]提唱した一関市の郷土信仰研究家金田渉治さんによると、岩手県一関地方の鹿島神社、三嶋神社、達谷窟毘沙門堂、白山神社、〓草神社、滝神社を結ぶ。大きさは東西、南北とも12〜13キロ。12世紀前後、安倍氏が奥州平定を目指す源氏ら朝廷軍に対抗するため、6寺社の巨石を通じて結界を張ったとされる。安倍氏は有名な陰陽師(おんみょうじ)安倍晴明の親族に当たる。

※〓は「にんべんに舞」


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2020年08月07日金曜日


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