岩手のニュース

敵機侵入を耳で聞き分け 「聴音壕」貴重な教材に 花巻の保存会、伝承へ活動

れんが積みの聴音壕を説明する保存会のメンバー
戦時中の聴音壕。上空から軍施設と分からないよう周囲は土盛りされ、かやぶき屋根が設けられている(冊子「花巻防空監視哨」より)

 岩手県花巻市若葉町に太平洋戦争中の「花巻防空監視哨聴音壕(ちょうおんごう)」の遺構が残っている。円筒の中に入り、耳で敵機侵入をいち早く察知する施設で、東北・北海道で現存するのは唯一とみられる。地元住民が保存会を結成し、「二度と不幸な戦争を起こさないため、貴重な教材としたい」と活動している。

 聴音壕は高さ3.17メートル、直径3.5メートルのれんが積みで、内部は深さ約2メートルの空洞となっている。1942(昭和17)年に建てられ、終戦まで使われた。
 1班5人で勤務し、1人が壕に入り、接近する飛行機の敵味方や、飛行機の数や種類、方向や距離を聞き分けた。双眼鏡で目視した情報と合わせ、地区の陸軍部隊に電話で報告した。
 隊員のほとんどは徴兵前の16〜19歳の少年だった。高等小学校の音楽の時間、レコードから流れる軍用機の爆音を聞き、B29爆撃機かグラマン戦闘機かなどを当てる訓練をしたという。
 戦争史を研究する同市の加藤昭雄さん(74)によると、聴音壕は全国各地にあった。市街化が進んで多くが姿を消す中、花巻駅から南西約1キロの住宅地にある壕は、開発を免れ、雑木林の中に残った。
 「あれは牧場のサイロ?」と地元でも知らない人が増える中、戦争遺跡として残そうと地区住民が2年前に保存会を結成した。地権者の了解を得て昨年から公開を始めた。
 保存会長の鎌田龍造さん(82)は終戦時は小学1年で、45年8月10日の花巻空襲を経験した。「形に残る物が何もなく、ただ平和は大切だと言っても、若い人は意味が分からないのでは。先人たちが苦労したことが分かる教材になればいい」と思いを語る。
 保存会の会員は191人に上り、冊子「花巻防空監視哨」も発行。戦後75年のことし、花巻空襲の日の前後に壕の説明会を開く計画だったが、新型コロナウイルスの影響で中止となった。改めて次世代への伝承活動を計画する。


関連ページ: 岩手 社会 戦後75年

2020年08月15日土曜日


先頭に戻る