宮城のニュース

渡哲也さん死去 震災後に石巻で炊き出し「寂しい」惜別の声

炊き出しで焼きそばを作る渡さん(手前右)と舘さん(同左)=2011年4月14日、石巻中央公民館前

 10日に78歳で死去した俳優の渡哲也さんは東日本大震災の直後、社長を務めた石原プロモーションの俳優陣を率いて宮城県石巻市を訪れ、被災者への炊き出し支援に当たった。当時の活動に携わった市内の関係者からは「寂しい」「残念だ」と惜別の声が相次いだ。
 渡さん、舘ひろしさんら「石原軍団」の一行は2011年4月中旬、避難所となった市中心部の石巻中央公民館の前で、焼きそばやカレー、おでんなど約4000食分の料理を振る舞った。
 調理の手伝いとして地元の飲食店関係者も参加した。石巻市不動町の中華料理店「揚子江」を営む今野美穂さん(47)は野菜の皮むきを担当。渡さんは「焼きそばでは僕の右に出る者はいないよ」と語り、手際良く材料を炒めていたという。今野さんは「子どもにも笑顔で接していた。気さくで、とても優しい人だった」としのぶ。
 炊き出し会場には「頑張ろう 石巻」と記された看板が掲げられた。文字は石巻市の書家千葉蒼玄さん(65)が墨で書いた。
 市内の実家が津波で全壊した千葉さんは「へこんでばかりいられないと前に進むきっかけをもらった」と振り返り「解散が決まった石原軍団の中心だった渡さんの死去は寂しいし、残念だ」と話した。


2020年08月16日日曜日


先頭に戻る