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防災の日 震災時、住民救った気仙沼の「阿部長ビル」で社員ら研修

住民を救ったビル前で実施された研修会

 水産加工、ホテル業の阿部長商店(宮城県気仙沼市)が防災の日の1日、気仙沼市内の脇地区にある創業者・阿部泰児会長(昨年4月死去)の元自宅ビル前で研修会を開いた。3階建てのビルは外側にらせん階段を備え、東日本大震災の津波発生時に地域住民の命を救った。市が整備する復興市民広場内にあり、同社は曳屋(ひきや)工事を行いビルを移転、保存する。

 ビルは気仙沼湾に注ぐ大川近くにあり、津波は1階天井まで達した。阿部会長や従業員、地域住民20人は屋上に避難し無事だった。妊婦や足の不自由な人もいたという。
 ビルの周囲に高い建物はなく、阿部会長が地元住民の要望を受けて2005年ごろ、屋上まで上がれるらせん階段を取り付けた。震災までに3度、住民と避難訓練も実施した。ビルは震災伝承ネットワーク協議会(事務局・東北地方整備局)の震災伝承施設に登録されている。
 研修会は移転前の姿を記憶しようと実施し、社員や地区住民ら約50人が参加した。阿部会長の長女で南三陸ホテル観洋おかみの阿部憲子さん(58)が「会長は南三陸町出身で(1960年の)チリ地震津波の悲劇を繰り返したくないと思っていた。防災は共助、自助が大事。一人一人が子や孫、他地域の人に伝える義務がある」と訴えた。
 地元で語り部活動をしている宝田和夫さん(74)=気仙沼ホテル観洋相談役=の講話もあった。同ホテルの従業員小野幸子さん(37)は「お客さまや新人の従業員に伝えていかなければならない」と話した。
 同社は復興市民広場に隣接する市有地を無償で借り受け、ビルを北東へ約95メートル移動する。弘前城の曳屋を手掛けた業者が近く着工する。震災10年となる来年3月11日までに工事を終えたい考え。事業費は未定で、市の移転補償費の他は同社が負担する。


2020年09月02日水曜日


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