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ビールの力で被災の港町に活気を 気仙沼移住者ら起業、醸造本格化

タップルームで乾杯する来店客と丹治さん(中央奥)らスタッフ
タップルームで味わえる気仙沼産のビール。「after the storm」と「DAYS OVER」は缶でも販売する。缶には気仙沼の地図が描かれている

 東日本大震災の津波で被災した宮城県気仙沼市内湾地区を拠点に、クラフトビールの醸造が本格化している。運営や生産を担うメンバーの多くは、震災後にやって来た移住者だ。津波で被災した港町をビールの力で活気づけようと、「よそ者」の造り手たちが心血を注ぐ。
 ビールを醸造しているのは「BLACK TIDE BREWING」(ブラック・タイド・ブルーイング、BTB)。社名は、親潮とぶつかり三陸沖に漁場を形成する黒潮にちなんで名付けられた。東京で飲食チェーン店を束ねる会社社長の千倫義(ともよし)さん(47)が共同代表を務める。
 きっかけは、千さんが2年半ほど前に商談で初めて内湾地区を訪れた際に耳にした言葉だった。
 「津波で被害を受けたが、内湾は港町・気仙沼の顔。にぎわいを取り戻したい」
 千さんは考えた。「ビールが復興の力にならないか」。後日、構想を掲げると、地元の酒造、水産加工会社の幹部が賛同した。
 本場・米国で醸造経験があり、日本でのビール造りに憧れていた米国人醸造家ジェームズ・ワトニーさん(42)らも加わった。2018年12月、気仙沼の風土に魅了された市内外の計7人で事業を始め、今年4月に醸造を開始した。
 千さんは「海外にはビール醸造を起点にコミュニティーの関係を深めた街もある。プロ野球チームのように、地域に応援される存在でありたい」と語る。
 BTBが造るビールは現在、エールやラガーの7種類ほど。固定メニューはなく、新潟県出身で営業部長も兼務する醸造家丹治和也さん(33)は「ファンの声に耳を傾け、気仙沼らしい味を探っている」と話す。
 先月、米国で発酵科学を学んだ関西出身の醸造家1人が加入し、造り手は3人になった。8基のタンクによる1カ月の生産量は6000リットルから8000リットルに増加。徐々に生産態勢が整いつつある。
 ビールの大半は缶やたる詰めで首都圏のビアバーなどに販売してきた。今後は気仙沼市の飲食・小売店に販路を広げるほか、醸造所の隣でビールが楽しめる「TAP ROOM(タップルーム)」の営業も拡大する。
 共同代表の一人で、内湾の施設を運営するまちづくり会社「気仙沼地域開発」の菅原昭彦社長(58)は「気仙沼の人同士が仲を深め、外部の人が気仙沼とつながるきっかけとなるよう、世界レベルのビールを送り出したい」と話している。

[BLACK TIDE BREWING]気仙沼市内湾地区のコミュニティー施設「気仙沼アムウェイハウス 拓(ヒラケル)」内にある。75の投資家や企業でつくる合同会社で、半数以上は地元からの出資。タップルームの営業時間は月曜が午後5〜9時、金曜が午後5〜10時、土曜が午後2〜10時、日曜が午後2〜7時。火、水、木曜は定休。変更の場合がある。ビールは650〜800円。350ミリリットル缶(600円)もある。


2020年09月06日日曜日


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