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書状政宗の気配り示す 大崎・岩出山出身の収集家、市に寄贈

寄贈した書状を前に「故郷の人たちに喜んでもらえたらうれしい」と話す中森さん
七男の宗高に宛てた直筆の書状。3行目に「加増」の文字が読み取れる

 岩出山城主から仙台城主となった伊達政宗の政治家としての気配りや親子の情愛を示す書状4点が9日、宮城県大崎市岩出山出身の収集家から市に寄贈された。うち2点は政宗の直筆で最近発見された。市は岩出山伊達家の学問所跡である旧有備館で公開を目指す。
 市役所で同日、贈呈式があり、寄贈者の元会社役員中森高(たかし)さん(88)=神奈川県藤沢市=、鑑定の手助けをした元仙台市博物館長の佐藤憲一さん(71)らが出席した。
 直筆の1点は政宗の七男で村田城(現宮城県村田町)の城主だった伊達宗高(1607〜26年)に「領地を増やしてやる。年齢を重ねればさらに増やしてあげるから、家来にも知らせるように」と伝える。宗高が15、16歳の頃に書かれたとみられる。
 もう1点は財政を担当した家臣宛てで時期は不明。普請工事に当たった足軽に米や現金の報酬を与える際、手形によっていつ支払うかなどを細かく指示する。
 筆まめとして知られた政宗の書状は年10点前後が新たに発見され、今回の2点も最近所在が明らかになった。贈呈式で佐藤さんは「細かいところまで気配りを欠かさない政宗の人柄や行政手法が表れている」と解説した。
 残りの2点は秘書役が代筆し、政宗が署名するか印判を押した。いずれも重臣の茂庭綱元に宛てた。03年の書状は「江戸幕府から人足400人を出すように指示された。さらに300人増やして至急送り込むように」と命じる。18年の書状は、仙台城下の広瀬川で前年の洪水のため壊れた護岸の石垣を修復させるように指示する。
 中森さんの祖先は岩出山伊達家の家臣。約30年前から古美術商を通じて政宗の公文書や私的な手紙を集め、2017年、6点を市に寄贈した。中森さんは「伊達家の文書や刀剣が散逸したことに心を痛め、故郷に恩返しをしたかった」と話した。


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2020年09月10日木曜日


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