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「次世代に教訓残せた」女子生徒の勤労動員体験、伝承に終止符

集いを終えて記念撮影する玉懸さん(前列右端)たち

 第2次世界大戦中の女子生徒の勤労動員の歴史を学ぶ「海鳴りの響きを聴く集い」が20日、仙台市太白区の八木山市民センターであった。戦争体験を伝える催しを開いてきた市民グループが2012年から開催。県第一高等女学校(現宮城一高)の生徒による動員の記録集「海鳴りの響きは遠く」の朗読を中心に行ってきたが、戦後75年を節目に、今回で終止符を打った。

 最後の集いには約40人が参加。宮城女性九条の会共同代表の一戸葉子さん(85)=太白区=、勤労動員や戦跡を取材している青葉区のフリーライター菅井理恵さんが講演し、多賀城市のピアニスト建部紘子さんの演奏もあった。
 一戸さんは「戦争は正しいこと、『神風が吹くから負けるわけがない』と思っていた」と振り返り、姉2人が勤労動員され、軍人だった長兄がシベリアで抑留、次兄も特攻隊員だったと紹介した。「国策遂行のため、女性も犠牲にされた。戦争に反対した女性が戦後、民主的社会をつくるのに力を発揮した」と述べた。
 集いを主催してきたのは、元宮城学院女子中学・高校教師玉懸洋子さん(78)=太白区=らのグループ。玉懸さんの主宰するサークルに、一高女出身で勤労動員の経験者が参加していたのが開催のきっかけだった。12年に体験を聞く会として始まり、翌年から記録集朗読がメインになった。
 一高女の生徒は1944年11月、現在の高校1年生に当たる4年生91人が神奈川県の横須賀海軍工廠(こうしょう)に送られ、薬きょうに火薬を詰めたり、弾丸を運んだりする作業に従事した。残る約100人は仙台貯金局で働いた。
 記録集は81年に生徒たちの日記を中心に編集、自費出版され、2007年に草思社から復刻された。弾丸を磨く作業中に大けがをして足を手術したり、ジフテリアにかかったりした体験が生々しく描かれる。
 特攻隊員が乗り込んで敵艦に突撃する噴進器に火薬を詰めた生徒は「悲愴(ひそう)な気持ちで作業を続けるほかなかった」とつづった。一方、憧れの大尉に言葉を掛けられて喜ぶなど、年頃の少女らしい姿も垣間見える。
 過去の集いでは、同様に横須賀に動員された県第二高等女学校(現仙台二華高)や宮城学院、動員先の川崎市で生徒5人と教員1人が空襲の犠牲になった山形第一高等女学校(現山形西高)の記録も取り上げた。玉懸さんの知人の尚絅学院OGたちが昨年、尚絅学院の戦時を語り継ぐ集いを開くことにも発展した。
 玉懸さんは「一高女の記録は全国の学校に共通する。純粋な若者の使命感を国が利用し、教育現場にとって教訓が含まれている。集いは一区切りだが、次世代につながることを残せた」と話した。


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2020年09月23日水曜日


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