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故阿久悠さん「甲子園の詩」記念碑、白球見守る 再建された陸前高田・高田高

記念碑を見つめる尾形さん。「試合では2安打。どちらも得点につながったんですよ」と振り返った

 東日本大震災の津波で全壊し、高台に再建された岩手県陸前高田市の高田高(生徒365人)に、作詞家の故阿久悠さんの詩を刻んだ記念碑が再び設置された。1988年に全国高校野球選手権大会に初出場し、雨で最後まで戦えなかった同校球児たちの悔しさがつづられている。津波で碑の一部が欠けたが、野球部員が練習するグラウンドの近くに戻った。
 88年夏の試合は終始雨だった。選手たちは泥だらけになって球を追い掛けたが、雨が強まり8回コールドで終了した。3対9。最終回に反撃することなく初戦敗退が決まった。56年ぶりの降雨コールドだった。
 高校野球を愛した阿久悠さんは翌日のスポーツ紙の「甲子園の詩(うた)」で「初陣 高田高の夢にまで見た甲子園」「甲子園に一イニングの貸しがある そして青空と太陽の貸しもある」などと詠み、健闘をたたえた。
 「貸しを返してもらいにもう一度、甲子園に来いとの強い激励のメッセージをもらった」と振り返るのは当時3年で中堅を守った尾形良一さん(50)=陸前高田市=。「試合直後は残念な気持ちが強かったが、選手の悔しさや無念さをうまく表現している」と話す。
 記念碑は縦約80センチ、横約120センチ。大会後、程なく設置された。津波による損傷は一部にとどまり、仮校舎が置かれた大船渡市の大船渡東高萱中校舎で保管された。
 2015年に新校舎が完成した後もそのままだったが、高田高の創立90周年記念事業の一環として今年8月、学校の敷地内に移された。10月16日に生徒たちにお披露目された。
 新型コロナウイルスの影響で今夏の大会が中止となる中、高田高は岩手県の代替大会でベスト4まで勝ち進んだ。尾形さんは「かつての貸しをいつか返してもらってほしい。甲子園で全力でプレーする姿を応援できれば、地元の人たちも貸しを返してもらったと思えるのではないか」と、後輩たちの活躍を期待した。


2020年10月25日日曜日


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