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「復興再考」第5部 村井県政(1) 広域防災拠点/にじむ野心、膨らむ費用

300億円超の公費が投入され、宮城県の広域防災拠点に一新されるJR仙台貨物ターミナル駅。中央奥の白い建物は仙台医療センター

 東日本大震災で宮城県の復興の陣頭指揮を執ってきた村井嘉浩知事(60)。「創造的復興」の名の下に、平時であれば困難な巨大プロジェクトを次々に推し進めてきた。その本質は創造か、それとも惨事便乗か。震災から9年8カ月。村井県政の象徴を訪ね、理想と現実について考察した。

 フォークリフトが、積み上げられたコンテナの間を縫うように進む。貨物列車のけたたましいブレーキ音が場内に鳴り響く。
 仙台市宮城野区のJR仙台貨物ターミナル駅は、村井知事が「創造的復興の最終形」と位置付ける広域防災拠点の予定地だ。宮城野原公園総合運動場の東隣にあり、県がJR貨物から17.5ヘクタールを取得した。災害時、救援の人員や物資が集まる大広場に生まれ変わる。
 本来なら、県震災復興計画が終わる本年度内に一部運用が始まるはずだった。宮城野区の岩切地区に移転する新駅の整備が遅れ、着工が2023年度以降にずれ込んだ。
 事業費も膨らんだ。JR貨物への補償費は、引き込み線路の安全対策などが追加され、295億円から324億円に増加。国の交付金を活用しても、県の負担は153億円に上る。
 巨額の県費投入には、知事を支える県議会の自民党会派内にさえ「失政」との批判がくすぶる。「震災では利府町の県総合運動公園が防災拠点として機能した」として、県庁内には「二重投資」と疑問視する向きもあるが、知事には震災前からの積年の思いがあった。
 「この土地が欲しい。活用策を考えてくれ」。東日本大震災の傷痕が生々しい11年の夏。知事から担当者に指示が飛んだ。
 水面下で協議を進める中、運動場北隣の仙台医療センターの移転が持ち上がる。新病院を公園の一角に置き、仙台東部道路と直結する自動車専用道路を新設する−。創造的復興のシンボルとなる広域防災拠点構想がにわかに姿を現した。
 「震災がなければ、防災と復興をセットにした駅の移転は前進しなかった」と県OBは証言する。
 反対を見越し、県は復興予算の獲得にこだわった。
 「津波の被害がない場所だ。厳しい」。難色を示す国に対し、県は「津波の被災地に出動する部隊の集結地だ」と譲らなかった。
 事務方が粘り強く交渉を重ね、国土交通省の社会資本整備総合交付金の「復興枠」で9億円を確保した。経緯を知る桜井雅之県公営企業管理者は「復興との関連が認められ、事業の説得力が増した」と振り返る。
 宮城野区選出の県議を3期務めた村井知事は03年の県議選で一つの公約を掲げた。「ドーム球場建設による県内経済の活性化」だ。
 15年の県議会9月定例会で「夢として持ち続けたい」と答弁するなど、知事就任後も諦めていなかった。築70年の楽天生命パーク宮城(県営宮城球場)はいずれ寿命を迎える。建て替えの候補地に、広域防災拠点は有力な選択肢となり得る。
 ドーム球場に消極的とされるプロ野球東北楽天側に配慮しつつ、村井知事は総仕上げに入った。
 仙台医療センターの跡地に、県美術館と県民会館(青葉区)を移転集約し、文化芸術の本拠地を形成する構想だ。賛否が割れる施策に前のめりな村井知事。「知事はハコモノを残したがっている」。周辺からも危惧の声が上がる。
 まだ見ぬ都心の広大な平地に、復興への執念と政治家の野望が絡み合う。


2020年11月11日水曜日


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