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「復興再考」第5部 村井県政(2) 水産特区/「象徴の浜」再生道半ば

水産特区第1号となった桃浦かき生産者合同会社で、カキの殻むきをする従業員=6日、石巻市の桃浦漁港

 創造的復興の象徴とうたわれた小さな浜が、理想と現実のはざまで揺れる。
 東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市桃浦。「早く一人前になりたい」。桃浦かき生産者合同会社(LLC)の社員嘉登(かと)清春さん(23)が6日、小気味よいリズムでカキの殻をむいていた。
 内陸部の大崎市出身。宮城水産高(石巻市)に進み、2016年4月に実習先だったLLCに入社した。「海に縁のない自分が夢だった漁師になれた。この会社以外は考えなかった」
 LLCは地元漁師15人が12年8月に設立し、水産卸の仙台水産(仙台市)が出資した。村井嘉浩宮城県知事(60)が提唱した水産業復興特区=?=を活用した唯一の参入例だ。
 月給制で福利厚生も整う「漁師のサラリーマン化」(村井知事)が論議を呼んだが、14年度から嘉登さんを含む新卒9人が採用され、7人が定着した。
 設備投資も進んだ。15年には事業費約2億円をかけ、カキの身を傷つけずに殻を外せる機械を導入。むき子6、7人分の作業を省力化した。
 県内の水産業は震災前から高齢化や後継者不在で閉塞(へいそく)感に覆われていた。「漁協が漁業権を独占している」。特区構想は寂れつつある浜の行く末に危機感を抱いた県農林水産部(現水産林政部)の腹案だった。
 特区を活用し、養殖業を継続して6次産業化を目指す。「一点突破だ」。震災を「風穴」を開ける契機と捉えた県政トップが奮い立った。抵抗する霞が関の官僚との衝突もいとわず、政府の復興構想会議を終始リード。県漁協の猛反対も押し切った。
 村井知事は水産特区が国に認定された13年4月の記者会見で「桃浦の浜が再生し、元気になり、よみがえっていくことが成功か否かの判断基準」と明言した。
 規制緩和によって震災復興と水産業の将来を民間の力に託した村井知事。漁業再生のモデルと期待された桃浦だが、足元の数字が厳しい現実を物語る。
 県が定めたLLC復興推進計画(12〜16年度)の各年度の生産量と生産額はともに目標の3〜6割にとどまった。震災前の浜の実績にも届かず、経営は黒字と赤字を行き来する。
 ノロウイルスや貝毒といった外的な要因に加え、カキのむき子の高齢化による作業効率の低下など内的な要因も重なった。
 従業員38人の多くは地区外で暮らす。震災前に62戸あった桃浦の集落は現在、LLC裏の高台に集団移転した5戸を含めても計16戸25人にすぎない。
 LLC代表社員の大山勝幸さん(73)は「若手の確保は特区なしではできなかったが、それを上回るペースで社員や浜の高齢化が進んでいる。会社単独ではどうにもできない」と危機感を募らせる。
 水産特区を下敷きに、漁協などへ優先的に漁業権を割り当てる漁業法の規定を廃止する水産改革関連法が18年に成立し、20年12月に施行される。
 仙台水産の島貫文好会長(74)は「知事は創造的復興をうたうが、海の環境悪化や販路開拓などわれわれはもっと現実の問題と向き合わなければいけない」と現場の苦悩を代弁する。

[水産業復興特区]漁業権の優先順位を廃止し、民間資本の参入を促す仕組み。村井嘉浩知事が2011年5月、政府の復興構想会議で提案し、復興特区法に盛り込まれた。13年4月に水産特区が認められ、9月、石巻市桃浦地区のかき養殖業者と水産卸の仙台水産(仙台市)の出資会社が第1号となった。


2020年11月13日金曜日


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