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【村井知事研究 就任15年】上・異端者 現状に一石、広がる波紋

宿泊税の関連議案撤回を伝えるため、自民会派の控室に向かう村井知事=3月2日、宮城県議会棟

 宮城県庁4階の応接室で26日、知事村井嘉浩は仙台市長郡和子に向き合うと、持ち前の笑顔を保ちつつ宣告した。
 「お立場は分かります。でも難しいと思います」

 急きょ設定された非公開のトップ会談のテーマは、県立がんセンター(名取市)と東北労災病院(仙台市青葉区)、仙台赤十字病院(太白区)の連携統合構想。村井が8月、「年内に一定の方向性を出す」と表明し、物議を醸した。
 現地存続を訴える地元の声を背に「思いを受け止めて」と食い下がる郡。村井は「仙台は病院が多いのが現実」と突き放した。
 新病院の立地を切望する首長や議員の直談判が相次ぐ。「何も言えない。ただ、好条件を出している自治体はある」。競争をあおる村井は、周囲に「これは条件闘争だ」と本音を隠さない。
 気脈を通じる県議は言う。「彼はドライなリアリスト。感情論は通じない」
 県内企業への独自課税「みやぎ発展税」、水産業復興特区や医学部新設、水道3事業の民間委託…。村井は幾度となく「タブーなき改革」(県幹部)に挑み、湧き上がる反発を推進力に変えてきた。
 旺盛な意欲は、県政の枠を軽々と跳び越える。
 ∧9月入学制を提案しようと思っています∨
 新型コロナウイルスの感染拡大による全国一斉の臨時休校で、児童生徒の教育格差が全国で問題視され始めた4月、村井はメールを打った。
 宛先は当時の官房長官で現首相の菅義偉、全国知事会長で徳島県知事の飯泉嘉門。要人に仁義を切り、直後の全国知事会議で「日本も国際化にかじを切れる」と力説。全国的な論争に発展させた。
 「コロナで制度を一変させるなど暴論」。文部科学省や学校現場から異論が噴出し、立ち消えた。「今やらなくて、いつできるんだ」。村井は周囲に吐き捨てるように言った。

 旧来の仕組みや慣習に一石を投じ、波紋を広げ、求心力を高める。確信犯的、勝負師的な言動にはハイリターン、ハイリスクが同居する。
 「小規模の宿にはなじまない」「拙速」。今年1月、宿泊者を対象にした県独自の新税「宿泊税」の事業者説明会で、村井は厳しい批判にさらされた。
 「急激な人口減少時代が訪れる前に、観光財源を確保する仕組みが必要だ」。村井の熱意に対し、県議会でも懐疑論が続出。コロナ禍が観光業を直撃し、知事就任後、初の議案撤回を余儀なくされた。
 10カ月後にも退却劇があった。「東北の文化拠点になる」と豪語した県美術館(青葉区)の移転構想は「建築的価値を分かっていない」と芸術関係者の反撃を浴びて撤回。「最近、敵を増やしすぎでは」。県政を支える自民党からも不安の声が漏れる。

 県議会議長の経験者は「斬新な発想と行動力で現状にノーを突き付ける異端者の感性は、保守的な東北において貴重」と語り、村井流の今後を解説する。
 「宿泊税と美術館で2連敗。焦りが見える。普通の知事に成り下がるか、異端者を貫くか。見ものだ」
(敬称略)

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 村井知事は2005年11月の就任から15年を迎えた。東日本大震災の復旧復興を指揮し、実績を重ねた手腕には自信がみなぎるが、時に強硬さや危うさが顔を出す。1995年の県議初当選から四半世紀の政治家人生。信条の「対立しつつ調和する」を手掛かりに、政治姿勢と人物像を研究する。(宮城県政取材班)


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2020年12月03日木曜日


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