9月入学の是非/論点山積 拙速は禍根残す。
この記事は2020年05月25日配信。
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 学校の休校の長期化を受け、入学と始業時期を9月に遅らせる案が検討されている。新型コロナウイルスの広がりによる授業の遅れを取り戻せることと、これを機に世界標準の「秋入学」に合わせられる利点を持つ。
 停滞感の漂う日本の教育に新風を吹かせたいという期待感ものぞく。
 それにしても史上例を見ない大改革となろう。移行によって就職の遅れや家庭の負担増、教員の手当てなど負の側面も生じる。
 もたらされる反動と代償を十分吟味し、議論しているようには思えない。非常時の今だから手を付けるというのでは将来、大きな禍根を残す。 変革を起こす時は、隅々まで目配りし、生活基盤の弱い層への配慮を欠いてはならない。国の礎である教育であれば、なおさらである。
 国民一般に受け入れられるかどうか、政府は利点と難点を含め、あらゆる論点を洗いざらい示すべきだ。教育現場の実情を踏まえ、クリアすべき課題を多面的に議論するよう求めたい。
 「9月入学」は知事会の一部で浮上した。教育界にも賛同の声が聞かれる。英語力など、諸外国に比べて弱いとされる国際化の進展につなげたいという。
 欧米、アジア各国と入学時期を一緒にすることで、相互に留学しやすくなる。
 他方で、幅広い変更を迫られよう。一時的に1学年の人数は1.4倍に膨らむ。現場は教員と教室の確保に大わらわとなり、行政は財政支出を求められる。
 春の企業一括採用に合わせていた学生生徒が卒業を延ばされ、就職を遅らせるケースも予想される。
 保育園を卒園するはずの子どもの受け皿に苦慮し、「待機児童問題」の再燃となる。親は仕事へと向かいにくくなり、経済力の弱い家庭がしわ寄せを受けるのではないか。 就職期のずれ、待機児童などは社会経済全体の損失となる。これだけでも簡単に答えを出せそうにない。
 軽んじられないのが、長く根付く季節感との関わりという。桜の下で入学し、夏に部活動の大会を迎える。
 秋の文化祭を終えて先輩から引き継ぎを受ける。一つのサイクルになっていて、子どもの成長にはそれなりに意味を持つ。
 これまでも政府や国立大が秋入学を探ったにもかかわらず、まとまらなかったのは、心身への影響など論点が多岐にわたるからと言える。
 学校教育の専門家は「議論するのはいいことだが、コロナ禍のさなかに決められる問題ではない。今はできるだけ早く日常に戻すことに全力を傾けるべきだ」と話す。
 目の前の事態に手だてを講じた上で、恒久的な制度として根付くかどうか、議論を喚起していく。そんな丁寧な道筋をたどってほしい。
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