Feature特集

2018.03.29号掲載

常磐線特集
古参ファン歴史語る

東日本大震災で甚大な被害を受けたJR常磐線の復旧が着々と進んでいる。現在は仙台駅と浪江駅の間が復旧し、浪江駅—富岡駅間は2019年度内の運行再開を予定している。半世紀余りにわたり鉄道の変遷を見続けてきた「みちのく鉄道応援団」の2人に、常磐線の歴史と復活への期待を語ってもらった。(H)


全線再開 膨らむ期待

日中、仙台駅以北と上野駅をつなぐ特急はほとんどが東北線経由となった中で、常磐線回りの特急「みちのく」は貴重な存在だった

話を聞いたのは若林区の柏木璋一さん(83)と塩釜市の原田正純さん(70)。青葉区の「東北福祉大鉄道交流ステーション」で他の愛好者と交流を図ったり、来館者に鉄道模型の走行を披露したりしているそうだ。

東北線より重要視

常磐線は岩沼駅-日暮里駅(東京)間343・7㌔を結ぶ。部分開通を繰り返し岩沼駅-中村(現・相馬)駅間は1897年に開業。現在の常磐線のルートは、1905年の三河島駅-日暮里駅間の開通により完成した。以来、宮城県と福島県浜通りや茨城県、首都圏を結ぶだけでなく、東北線のバイパスとしての役割を持つ「本線」級の路線に位置付けられている。

柏木さんは「開通当初の日本鉄道(私鉄)時代、常磐線は『海線』と呼ばれていました。海岸沿いは敵から狙われやすいという国防上の懸念もありましたが、常磐炭田の石炭輸送という大きな目的があったのです」と説明する。

「1925年に平駅(いわき市)-日暮里駅間が複線となりました。この時、東北線の複線化は宇都宮駅まで。京浜工業地帯への石炭搬入のために重要視されていたのです」と原田さんが続ける。


常磐線の岩沼駅—草野駅(いわき市)間の交流電化直前に、電気機関車と蒸気機関車が連結して試運転された急行「みちのく」(1967年)
 

東北線全線電化・複線化で「はつかり」は東北線経由に
 

寝台特急として青森駅と上野駅を結んだ「ゆうづる」

高速輸送に貢献

常磐線の特長は勾配が緩やかな点。平坦な路線で主要駅が少なく、電化前は高速輸送に適していた。「東北線の仙台駅-上野駅間は宮城、福島県境の『越河越え』など3つの峠がネックで、補機(補助機関車)なしでは上れませんでした。常磐線はそういった手間が掛からなかったんです」と柏木さん。

青森駅と上野駅を結んだ特急「はつかり」はSL、気動車時代に常磐線を経由した。68年に全線電化・複線化した東北線回りとなったが、寝台特急「ゆうづる」や急行「十和田」など夜行の優等列車は引き続き常磐線を走った。

82年には東北新幹線が開通。常磐線からは青森県へ向かう、特急や急行といった優等列車が減り、やがて全廃。原田さんは「それでも貨物列車は引き続き、多く運行していたなぁ」と懐かしむ。

「観光地の活用を」

沿線は新幹線開通の恩恵を受けない地域がほとんど。特急「ひたち」が原ノ町駅やいわき駅などと上野駅の間を走り、グレードアップした「スーパーひたち」も登場した。

仙台駅も基本的に1日4往復発着した。沿線各都市との行き来はもちろん、上野駅まで最速4時間15分ほどで、「列車の旅を楽しみたい」といった人の利用があった。

被災地は人口が減少し、鉄道の利用者も震災前の水準を維持できるかが課題だ。全線復旧への期待として、原田さんは「常磐線は閑散時、2両編成でも運行できる。むしろ高頻度で走らせる方が利用されやすいのでは」と語る。

沿線は本来、観光や海の幸に恵まれた名所が多い。柏木さんは「沿線の観光地を生かした列車の設定などを検討してはどうか。震災前に常磐線特急がいわき駅を境に分離することが発表されたが、ぜひ以前のように仙台駅と上野駅を結ぶ直通列車を走らせてほしい」と夢を膨らませる。

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