河北新報社
3.11企画特集


東日本大震災発生から15年がたった。
発災当時0歳だった子どもたちが15歳となり、中学校を巣立つ。時に迷い、戸惑いながらも、ひたむきに歩んできた日々。「なりたい自分」を思い描き、新たなステージへと向かう背中をそっと押したい。
15年前、中高生だった若者たちは歳月を重ね、30代の大人になった。夢と現実の間で揺らぎつつ、「なりたい自分」になった先輩たち。その姿を通じて15歳へのメッセージを贈る。
あの日から16回目の春。それぞれの人生の来し方行く末に思いをはせ、新たな一歩を踏み出そう。
なりたい自分
なりたい自分の現在地
THE FIRST STEP
その一歩を今
あの日から15年。15歳に成長した子どもたちが、まばゆい光を放っている。
自分の信じる道を進み、目の前に立ちはだかる壁に果敢にチャレンジする。多くの人に笑顔を届けたい、人と人とをつなぐ懸け橋になりたいと願い、地道に活動続ける。周囲への感謝の気持ちや、生まれ育った古里を元気にしたいという思いも、飛躍の推進力になっている。
今はまだ、「なりたい自分」が見つかっていない15歳もいるかもしれない。でも、焦らなくていい。目の前の大きな扉を開こう。その手に無限の可能性を携えて。
声楽の国際コンクールで
最優秀賞
星合 彩愛さん (15)
THE FIRST STEP
仙台市 上杉山中3年
声楽の国際コンクールで最優秀賞
星合 彩愛さん (15)
12歳で声楽を始めました。中学3年間で全国や国際コンクールで最優秀賞を取ることができました。もともとは合唱をやっていたのですが、声量や声質が他の人と合わず、自分の声に自信が持てませんでした。声楽に切り替えると、「自分の歌は人にとって良いものなんだ」と思えるようになりました。
独唱の声楽は合唱と違い、コンクールで結果が出なくても絶対に自分の責任だし、勝ったら100%、自分の成果。そこが好きです。歌は唯一、音楽の中で言葉があります。聞いている人に何を伝えるかということを一番に気を付けています。
復興支援コンサートに出演したり、復興支援CDに歌で参加したりしています。聞く人の心が少しでも穏やかになり、笑顔を届けられたらいいなと思っています。
今後の目標は、高校1年で全てのコンクールで1位を取ること。海外の人は体の構造も語学力もずば抜けています。そういう人に真正面から勝負したいです。
- 仙台市 仙台市立上杉山中学校3年
ベガルタ仙台
ジュニアユース
福原 義智さん (15)
THE FIRST STEP
宮城県女川町 女川中3年
ベガルタ仙台ジュニアユース
福原 義智さん (15)
プロサッカー選手になる
サッカーの面白さは点を取ることです。ポジションはFWで、体の強さを生かした突破で相手をねじ伏せ、ゴールまでいけるところが特長です。守備面の課題を克服し、もっと強い選手になる努力をしていきたいです。
小2の時、休み時間に友達と一緒にサッカーをしたら楽しくてサッカーを始めました。最初は地元のコバルトーレ女川ジュニアに所属し、中学からベガルタ仙台ジュニアユースに入りました。Jリーグチームの下部組織ということで、高い強度や関東などの強いチームと対戦できるところが強みだと思っています。
高校からはベガルタユースに進みます。目標にしているのは、今季ユースからプロに昇格したFW古屋歩夢選手。古屋選手はゴールへの貪欲さがすごく、力強いプレーを真似したいです。FWの仕事は点を決めることだと思うので、結果を残し続けてチームに欠かせない存在になりたい。将来は、小6の頃からの夢であるプロになり、地域を活気づけられる選手になります。
- 宮城県女川町 女川町立女川中学校3年
気仙沼市
東日本大震災遺構・伝承館
震災語り部
三浦 瑠々さん (15)
THE FIRST STEP
宮城県気仙沼市 階上中3年
気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館
震災語り部
三浦 瑠々さん (15)
中学2年の夏から東日本大震災の語り部活動を始めました。学校の先生に誘われたことがきっかけです。小学生の時に語り部の方の話を聞き、自分も誰かの印象に残る話をしたいと考えていました。
震災当時は生まれてはいたけれど、記憶はありません。「こういうことがあった」という知識を届けるという形ですが、できる限り自分の言葉に置き換えて、自分はどう思ったか伝えられるようにしてきました。
震災の話は小学生の頃から聞き、悲惨なことだったとは思っていましたが、どこか他人事のような部分もありました。語り部活動に取り組むことによって、自分事として捉えることができるように変わっていきました。
将来は何事にも主体的に、積極的に動ける人になりたいです。できれば、「誰かに何かを残せる人」。震災のことは忘れると途切れてしまう。自分が誰かに伝える懸け橋となり、その人が誰かに伝えてというふうに、何かを残せる人になりたいです。
- 宮城県気仙沼市 気仙沼市立階上中学校3年
- 河北新報記事「石巻 3.11トークセッション 中高生語り部、伝承模索 「現地調べ 自分の言葉で」」
全国中学大会
陸上男子200mで優勝
クワジオ 大志
ウィリアムさん (15)
THE FIRST STEP
仙台市 宮城野中3年
全国中学大会陸上男子200mで優勝
クワジオ 大志
ウィリアムさん (15)
陸上は練習した分、速くなっているのを感じるのが楽しいです。ミニハードルを使った練習が走りの基本。自分の力を最大限出し切るためのメンタルも大事です。普段から試合を見据えた気持ちで練習をすることで、試合の時に100%の力が出せると思っています。
一番大きな結果は、昨年夏の全国中学大会の男子200㍍で優勝できたことです。勝った時は喜びよりも先に安心しました。僕はいろいろな人に支えられていて、勝つことで喜んでくれる人がいます。家族は一番応援してくれている存在。部活の仲間たちも大きな存在です。
中学2年までは陸上と野球を両立していました。小学3年で始めた野球をシニアチームでも続け、中学の部活では走力を磨くために陸上部を選びました。好きなスポーツは陸上ですが、野球が好きな気持ちも残っています。
これから先も、何をやるにしても、自分の成長はもちろん、支えてくれる人たちを喜ばせる活躍をしたいです。自分を信じて走り続けます。
小・中学校囲碁団体戦の
全国大会で優勝
水田 理穂さん (15)
THE FIRST STEP
仙台市 仙台一中3年
小・中学校囲碁団体戦の全国大会で優勝
水田 理穂さん (15)
幼稚園の年中の時に囲碁を始めました。現在はアマチュア6段で、青葉区の国見こども囲碁教室に通っています。強い人と打って自分の知らなかった手を覚え、使えるようになった時がうれしいです。囲碁を通して全国の人々と交流し、いろいろな人とつながり、自分の知らなかった世界を知ることもできています。
昨年7月に開かれた小・中学校囲碁団体戦の全国大会に宮城県代表として出場し、中学の部で優勝しました。団体戦は「仲間がいるので大丈夫」と心が楽になります。優勝したことについて、当時はあまり実感がありませんでしたが、今になってみてすごいことだったのだと思います。中学生活の大きな思い出です。
高校でも囲碁を続け、全国大会の個人戦でも良い順位を取りたいです。私は形勢判断が苦手で周りが見えなくなることがあります。そこを改善し、冷静で力強い碁を打ちたいです。目標としている棋士は一力遼五冠。一力先生のように力強い碁が打てるようになりたいです。
- 仙台市 仙台市立第一中学校3年










TO THE FUTURE
明日への力
東日本大震災の発生から年月を積み重ねた30代の青年たちが、思い思いに今を生きている。
次代を担う子どもたちを温かく育む。澄み渡る大空を飛び回り、見る者に感動をもたらす。一握りのプロの舞台でライバルとしのぎを削る。動物と触れ合い、命をつなぐ―。
十人十色の人模様。未曾有の震災が人生の転機となった人もいる。かつて思い描いていた未来図とは違う道を歩む人もいる。いつもうまくいくとは限らない。
それでも生きる。それぞれの明日に向かっていく。胸に宿した思いを、さらなる飛躍への力に変えて。
ひのこ子ども食堂 代表
森 美聖さん (31)
TO THE FUTURE
森 美聖さん (31)
ひのこ子ども食堂 代表
高校1年の時、宮城県岩沼市の自宅が津波で全壊しました。家族は無事でしたが、しばらくの間、「これからどうなるのだろう」という不安を抱えながら生活しました。そしていつからか、「人のために私ができることは何だろう」と考えるようになりました。
成人して移り住んだ同県石巻市で、地域の子どもたちの不登校や学力低迷が深刻と知りました。突き動かされるように子どもの可能性を題材にした絵本を描き上げ、子ども食堂で朝ごはんを提供することを決めました。
石巻市内5カ所に開いた子ども食堂では、朝ごはんをきっかけに子どもたちの生活習慣が改善するとともに笑顔が増えたと実感しています。また、お母さんたちにとっては、家事の手を休めてひと息ついてもらえる場所にもなっています。
子ども食堂は、みんなの笑顔を見ることができる最高の「朝活」の場になりました。子どもたちの笑顔をもっと増やして、子どもたちがやりたいことに挑戦するお手伝いがしたいです。
ブルーインパルス
パイロット
松浦 翔矢さん (30)
TO THE FUTURE
松浦 翔矢さん (30)
ブルーインパルス パイロット
そして笑顔を届ける
ブルーインパルスの3番機パイロットをしています。大阪で中学3年だった15歳の時、大空を自由に飛びスモークで絵を描く展示飛行の動画をユーチューブで見て衝撃を受けました。「自分も操縦士になる」と決意したのが夢の始まりです。
陸上自衛隊の高校に進学し卒業後、航空学生を経て憧れのパイロットになることができました。昨年、古里で開催された大阪・関西万博での展示飛行が次の目標に。志願してこれも実現できました。
振り返れば、いくつもの壁にぶち当たりました。初期段階でプロペラ機の操縦がうまくできず苦労しました。2024年3月のブルーインパルス所属直後も「自分に本当に操縦できるのか」と不安になった時もあります。
それでも諦めずに来られたのは、東日本大震災の被災地をはじめ多くの人を笑顔にし、感動や希望を届けるというブルーインパルスの使命に意義を感じていたからです。夢を諦めず、挑戦する気持ちを大事にしたいですね。
- 宮城県東松島市
- ブルーインパルス パイロット
畜産業
佐々木 美咲さん (31)
TO THE FUTURE
佐々木 美咲さん (31)
畜産業
命のバトンを繋ぐ
子どもの頃、畜産業を継ぐ気はほぼゼロでした。そんな気持ちが変わったのは、東日本大震災がきっかけです。飼っていた牛が津波で流されたり、牛舎が壊れたりといった大きな被害を受けました。地域の同業者や農家に一時牛を預かってもらうなど、たくさんの支援を受けて何とか復旧できたんです。ぼんやりと「いつか恩返ししなくちゃ」という気持ちが生まれたのだと思います。
東京での事務所勤めを経て、2021年に宮城に帰ってきました。みやぎ農業振興公社(仙台市)が運営する白石牧場(宮城県白石市)で畜産業の基礎を学び、昨年春から石巻の祖父の畜舎を借りて畜産農家としてスタートしました。今年6月には自分の畜舎が完成する予定です。
子どもの頃思い描いていた未来予想とは違うけれど、和牛繁殖を通じて「命のバトンをつなぐ」ことに大きなやりがいを感じています。予想もしない楽しい未来があるので、10代のみんなはいろんなことに挑戦してほしいです。
- 宮城県石巻市
東北楽天
ゴールデンイーグルス
投手
今野 龍太さん (30)
TO THE FUTURE
今野 龍太さん (30)
東北楽天
ゴールデンイーグルス
投手
震災が起きたのは岩出山中(宮城県大崎市)の卒業式の日。友達や保護者と卒業を祝う会に参加している時でした。被害の大きさに、野球ができることは当たり前ではないと強く感じました。
小学2年の時に野球を始めました。岩出山高(同市)の野球部は部員が少なくて、やめたいと思うような苦しい時期もありましたが、「今頑張れば最後には良いことがある」と信じて乗り越えてきました。
高校3年の時、夏の宮城大会でノーヒットノーランを達成することができ、そこからプロ野球選手を目指しました。プロになる夢をつかむことができたのは、恩師ら周囲の支えがあったから。常に感謝の気持ちを忘れずにプレーすることを心がけています。
地元球団に入団できたので、一年でも長くこのチームで頑張りたいです。今、野球人口が減ってきています。自分が活躍する姿を届けることで、子どもたちに野球を好きになってもらい、野球選手を目指してもらえたらうれしいです。
乗馬クラブ従業員
小野寺 葵さん (31)
TO THE FUTURE
小野寺 葵さん (31)
乗馬クラブ従業員
いろんな人に広める
乗馬クラブで馬の管理に携わっています。厩舎にいるのは引退した競走馬で、その余生や活躍の場を支えるのが仕事です。今世話をする5頭は、福島県相馬地方の伝統行事「相馬野馬追」に出場する馬たちです。
女性の出場制限が撤廃された昨年の相馬野馬追に、初めて愛馬と出場しました。騎馬武者として騎乗した時は、背筋が伸びる思いでした。夢の舞台で最後までやり切ったことは貴重な経験でした。今年も挑戦します。
生まれは北海道。両親の影響で幼い頃から乗馬に慣れ親しんできました。宮城農業高(宮城県名取市)時代は馬術部に所属し、1年生の時、東日本大震災を経験しました。津波で犠牲になった馬もいました。競走馬の引退後の時間を共に過ごすこの仕事を選んだのも、当時の出来事と無縁ではありません。
馬は家族。馬と触れ合うことが大好きで、震災後、まっすぐ走り続ける大切さを知りました。仕事にはとてもやりがいを感じています。自分もその中で成長しています。










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※順不同




喜びと感動を届ける