第16回新聞記事コンクール入賞作発表

 第63回新聞週間(2010年10月15〜21日)に合わせて河北新報社が実施した「第16回新聞記事コンクール」の入賞者が決まり、14日発表された。最高賞の河北新報社賞には、気仙沼市の南気仙沼小6年佐藤海斗君の「気仙沼から非核平和宣言」が選ばれた。

 記者になったつもりで記事を書いてもらうコンクールは、新聞を学校の授業に活用するNIE活動の一環。宮城、山形、福島の3県から371点(小学校14点、中学校251点、高校106点)の応募があった。

 河北新報社賞を受賞した佐藤君は、道路に掲げてあるのが気になっていた「非核平和宣言都市」の看板の意味を調べるため、子ども市民大学に参加して市長に質問したり、原爆パネル展を見に行ったりした体験を具体的にまとめたのが評価された。

 このほか、論説委員長賞と編集局長賞各3点、優秀賞30点、佳作3点が決まった。

河北新報社賞 「気仙沼から非核平和宣言」  
宮城県気仙沼市南気仙沼小6年 佐藤海斗
論説委員長賞 「みんなの情報源」  
仙台市鹿野小6年 米倉那美
「人類の課題」  
宮城県古川黎明中1年 井上怜
「死刑とは?」  
福島県盲学校高等部3年 岸雅裕
編集局長賞 「身近な危険、熱中症」  
宮城県塩釜市杉の入小5年 佐藤武蔵
「日本人の生活になくてはならない『竹』」  
仙台市折立中3年 阿久津飛翔
「日本の核問題に対する意識」  
福島県勿来高3年 赤津ゆい
優秀賞/佳作
講 評

河北新報社賞

「気仙沼から非核平和宣言」 気仙沼市南気仙沼小6年・佐藤海斗

 「ウー」

 ぼくと弟は、8月6日午前8時15分、黙とうを捧げました。この日は広島に原爆が落とされた日だからです。

 ぼくは、市立図書館に行く道の「非核平和宣言都市」という看板がずっと気になっていました。8月11日、ぼくは非核平和都市宣言のことを聞くために、子ども市民大学に参加しました。そこで、総務課の飛田野さんから、ぼくの住んでいる気仙沼市は、昭和60年、終戦から40周年記念で平和都市宣言をしたことを聞きました。平和都市とは、世界から核がなくなり、みんなが安心して平和に暮らすことができるようにさまざまな活動をしている市のことだそうです。気仙沼市は、青少年平和学習や核実験への抗議などの活動をしていました。はじめて聞いて驚きました。

 そこで、活動の一つの原爆パネル展をぼくも見に行ってきました。最初は、「気持ち悪い」と、目をそらしたのですが、父に「でも、これが現実だから、 しっかり見て」と言われ、真剣に見ることができました。人が焼け、怖くおそろしい現実でした。これは本当に、二度とあってはいけないことでした。

 被爆体験講話も小中学校で行われるのだそうです。ぼくは、講話は必要だと思うのですが、ぼくの小学校にはここ5・6年で一回しか来ていないそうです。ぜひ来てみんなに核の怖さを教えてほしいと思います。

 子ども大学で市長さんにも質問しました。
 「核兵器の怖さを身体で知っているのは日本人だけ。気仙沼にも被爆手帳を持っている人がいるから広島と長崎と気仙沼は同じ。だから、気仙沼からもアピールが必要だ」

 市長さんの言葉はその通りだと思いました。核の問題はぼくにとっても身近なものでした。

 戦争と核は絶対だめだということを、非核平和宣言都市のぼくたち気仙沼市民全員で、これから訴えていけたらいいなと思います。

作品の冒頭の「ウー」は「黙とうの時のサイレンの音です」と説明する佐藤君。体験し学んだ事を率直に表現した

◎世界の出来事に興味

 昨年に続いて2度目の応募でした。河北新報社賞を受賞でき、とてもうれしいです。
 新聞やテレビのニュースで毎日伝えられる世界の出来事に興味があります。難しいことは家族に聞いたり、自分で地図帳で調べたりしています。

 広島や長崎に落とされた原爆のことは前から知っていましたが、気仙沼市がなぜ非核平和都市宣言をしているのか、看板を見るたびに疑問でした。子ども市民大学で、市長さんたちに質問してみて、身近な問題だったことがよく分かりました。
 疑問を調べて、自分で文章にまとめることも好きなので、これからもいろいろなことに関心を持ち、学んでいきたいと思っています。

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論説委員長賞

「みんなの情報源」 仙台市鹿野小6年・米倉那美

 「新聞をとらない家庭が増えている」と言うニュースをテレビで耳にした。

 私の父は朝、新聞を広げることから一日が始まっているが、私は、新聞は大人のためにあると考えていた。

 そこで、6年生68人に、新聞に関するアンケートを行った。

 アンケートの結果から、新聞をとっているが、読んでいないという人の割合よりも、新聞を必要と思っているという人が多かった。

 その理由として、家族全員に役立つ情報がいろいろとのっている事や、毎日自分のペースで読みたい時に読めるが、すみずみまで目をとおすのは大変だと思っている事がわかった。

 しかし、一方では「インターネット」「テレビ」「ラジオ」からの情報を得ているため新聞を読まないなどと現代の子供達らしい回答も多かった。

 そこで、私の町の新聞販売店に「新聞をとらない家庭が増えている」ことが事実なのか聞いてみたところ、年々少なくなっているとの回答があった。その理由として最近は、お年寄りが年々多く増えている中、「目が見えなくなった」「入院した」「老人ホームへの入居」などがあげられる。また世代交代で新聞を読まなくなった家庭が多くなっている事もあり、新聞購読者が減少しているようだ。

 ひどい場合だと、アパートに住んでいる人達の中では、一世帯しか新聞をとっていないという事実もある。

 やはり、若い世代は利便性を求めているのだ。利便性のとらえ方は人それぞれちがうが、新聞は「読む・考える・表現する」という力を育てることができる。これは、私達日本人が苦手な国語力の向上にもつながるだろう。

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論説委員長賞

「人類の課題」  宮城県古川黎明中1年・井上怜

 ぼくは7月に、東北大学のサイエンスデイに行き、生物多様性についての講座に参加した。そこでは、生物多様性のことをカードや、シミュレーションで学んだ。

 生物多様性とは、簡単に説明すると様々な自然に様々な生き物、生態系があるということだ。ただし、一種類の生き物だけがたくさんいてもそれは、生物多様性とは呼べない。

 サイエンスデイに行き、一番印象に残ったのはゲンジボタルの例だ。ふつうゲンジボタルは東日本では4秒に一回、西日本では2秒に一回光る。それなのに、3秒に一回光るホタルが発見されたというのだ。

 なぜ、このようなことが起きたのか。その原因は人である。ホタルを増やそうという人たちが、その地域のホタルではなく、他のいろいろな場所からホタルの幼虫を捕まえ、放流したのだ。そのホタルたちが、そこの地域固有のホタルと交配したため、遺伝子に何らかの支障がきたされ、3秒に一回光るホタルが生まれたのだという。

 ホタルを増やそうという気持ちは大切だと思うが、それが原因でその地域固有のホタルが失われてしまったのでは、元も子も無いのではないかと思う。

 ぼくは、人間が環境さえ破壊しなければ、他の地域からホタルを持ち込んだりする必要もなかったのではないかと思う。

 ぼくの近所の川には、毎年たくさんのホタルがいる。ぼくは今まで、ホタルがたくさんいるこの環境が当たり前だと思っていた。だがこのホタルの問題を知った今は、自分の近所の環境がとても貴重に思えてきた。しかし、全く環境を破壊せずに人間は生きられない。これを最小限にとどめ、自然を守り、他の生き物たちと共存していくことがこれからの人類の課題だ。

 自分たちはこの地球上のあらゆる環境、あらゆる生き物たちに生かされているということを、人類は忘れてはならないと思う。

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論説委員長賞

「死刑とは?」  福島県盲学校高等部3年・岸雅裕

 皆さんは死刑について考えたことが、死刑執行を受ける死刑囚の気持ちを考えたことがあるだろうか。

 7月28日、千葉景子法相は、2名の死刑執行を発表した。死刑執行は、政権交代後初めて。また自身が死刑制度廃止論者であることや、7月12日に行われた参議院選挙で落選したこともあり、批判の声が大きかった。

 千葉法相は自身の希望で2名の死刑執行に立ち会った。死刑制度の存廃について国民に問う議論が必要であることから、近く法務省内で死刑制度についての勉強会を行うことや、東京拘置所の刑場を報道機関に公開するように法務省に命じ、その後、公開された。

 この話を機に、去年の夏に読んだ本のことを思い出した。「刑場に消ゆ」。死刑確定から死刑執行までの10年余にわたって、点訳奉仕に専念した死刑囚の軌跡を追っている。私はこれまで死刑囚または犯罪者は普通の人間とは違い、凶悪であると思っていた。しかし、普通の人と変わりなく、また人間的な一面もあり、そして全国の視覚障害者のために膨大な点訳を一人で行うなど普通の人以上の優しさが感じられた。死刑はいつ行われるかわからない。その不安におびえながら死刑囚達は暮らしている。その素顔や死刑を待つ恐怖感がわかった。そして死刑や冤罪(えんざい)について、もう少し考えていきたいと思った。

 昨年5月から裁判員制度が始まった。まだ死刑判決が出ていないが、必ずそのうち出るだろう。そういう時、裁判員は、死刑ということはどういうことか、慎重に考えて判決を出してほしい。

 また、私も20歳になれば、裁判員に選ばれるかもしれない。そうしたとき、この本で読んだ死刑囚のことを考えながら判決を出していきたい。

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編集局長賞

「身近な危険、熱中症」 塩釜市杉の入小5年・佐藤武蔵

 今年の夏は、例年にないぐらい暑い日が続いている。夏休み中もあまりの暑さに朝早くから目が覚めるほどだった。

 そしてこの夏、僕が最も恐ろしいと感じたニュースがあった。それは「熱中症」についてのニュースである。

 消防庁によると、5月末から8月22日までに熱中症と見られる症状で搬送された人は4万1020人。うち1万8987人が65歳以上の高齢者であるという。また、死亡者はその時点で145人。こちらも一人ぐらしのお年寄りなど、高齢者が多かったそうだ。

 僕はふと、ひいおばあちゃんのことが心配になった。ひいおばあちゃんは88歳で一人ぐらしをしている。幸いエアコンを上手く活用して、「暑くて死にそうだ」と言いながらも元気そうだったので安心した。

 熱中症とは、体の内外の「あつさ」によって引き起こされる、様々な体の不調であり、今年のように熱波により主に高齢者に起こるもの、幼児が高温環境で起こるもの、暑熱環境での労働で起こるもの、スポーツ活動中に起こるものがあるという。

 僕は公式ドッジボールチームに入っている。公式ドッジボールは体育館などの室内で行われるが、エアコンのない体育館では窓を開けていても風が通らないこともあり、外よりも暑くなることがある。そのためチームメイトの中にも軽い熱中症のような症状が出たことがあった。スポーツ活動中の熱中症予防について調べてみると、こまめな水分補給の他に塩分も補給する必要性について書いてあった。塩分もとらないと、水分をとどめることができないらしい。そこで僕たちのチームでは、スポーツドリンクを飲む他に塩をなめるようにしている。

 まだまだ暑い日が続くそうだ。これからもチームのみんなと元気にドッジボールができるように、熱中症に気をつけていこうと思う。

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編集局長賞

「日本人の生活になくてはならない「竹」」 仙台市折立中3年・阿久津飛翔

 みなさんは、竹を知っているでしょう。古代から竹ほど日本人の生活に深くかかわり合ってきたものはありません。中学校で習った「竹取物語」は、だれでも知っているでしょう。この物語が作られたのは、およそ1100年ほど前、平安時代初期とされていますが、さらに古く、弥生時代の遺跡からも竹でつくられたかごが出土しています。

 竹は、成長するとかたくなるので、木の仲間に入れられたり、地下の根から毎年芽が生えてくるので、草の一種とされたり、昔からふしぎな植物として考えられてきました。現在では、竹はイネ科植物の仲間に分類されています。

 竹は、木にも草にもないすぐれた特性をもっています。たとえば、竹の幹は中が中空で、軽くて折れにくく、弾力性があり、しかもナイフ一本で割ったりけずったりの加工も簡単です。乾燥した竹は、温度が変わってものび縮みがほとんどないので、長さを測る定規やものさしは、竹で作られていました。近年では、1880年に、発明王エジソンが電球のフィラメントに京都の竹を使用したことが有名です。

 竹の特性を生かした日用品はたくさんあります。ほうき、すだれ、かごやざる、うちわやせんす、つりざお、水でっぽうなどのおもちゃ。竹は、家庭の中でさまざまな製品に使われています。そのほかにも、竹の葉を粉末にしたものを竹葉という漢方の生薬として利用したり、内部の節だけをくりぬいてパイプのようにしたり、竹の使い道はほんとうに数多くありました。

 毎年、たくましく成長してくる竹を、ムダにすることなく活用してきた日本のすばらしい工夫。それは、もったいないの精神そのものです。わたしたちは、今こそ大いにその知恵を学ぶべきではないでしょうか。

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編集局長賞

「日本の核問題に対する意識」 福島県勿来高3年・赤津ゆい

 「8月6日は何の日ですか」

 この質問に何人の若者が答えられるだろうか。正直、私は答えられるかわからない。この日は広島に原子爆弾が落された日である。

 私は修学旅行で広島の原爆資料館に行ったことがある。目を背けたくなるような凄惨な写真がガラスケースに展示されていた。あの日をおさめた写真は私の心に衝撃を与えた。バスの中で私は核について考えていたが、あの凄惨な現実を受け入れられないでいた。

 そんな私が核に対する意識を変えたのは、とある特集で報道された韓国人の被爆体験であった。当時の日韓関係は良好ではなかった。遠い異国の地で突然、被爆した人、亡くなった人。今でも後遺症で苦しむ韓国の老人。私は今まで日本人として被害者ぶっていた。だから、現実を受け入れることができなかった。

 8月6日に行われた広島平和記念式典に国連事務総長として初めて潘基文(バン・キムン)氏が出席した。彼は韓国の代表ではなく、国連事務総長として出席した。だが、胸の内はどうだっただろう。同朋の無念の死に心を痛めていたのではないだろうか。

 日本人として原爆の記憶は決して劣化させてはならないことだ。そして共に韓国の人々と歴史を共有しなくてはならない。広島や長崎だけの問題として目を背けていては、核に対する意識は薄れていく一方だ。

 世界から核をなくす運動を米国のオバマ大統領をはじめ多くの人々が行っている。唯一の被爆国として参加するだけでは日本の役割は果たせない。被爆国としての体験を発信しなくてはならないのではないか。それが、核問題に対する真摯な姿勢だと私は思う。

 日本の若者として私にできるのは、原爆に対する苦しみを知ることだろう。目をそらしてはならない現実を受け入れ、追求することだ。それが日本人として核問題を身近に考えるきっかけにもなるだろう。私たち若者は、もう少し歴史と対話しなくてはならない。

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優秀賞/佳作

◆優秀賞
大崎唯途 仙台市館小6年 千葉春乃 宮城県古川黎明中1年
千葉千尋 仙台市東長町小4年 及川江理香 宮城県古川黎明中1年
熊谷きよら 仙台市松陵西小6年 二上ひなの 宮城県古川黎明中1年
早坂彪流 仙台市幸町南小6年 加藤碧 宮城県古川黎明中1年
山屋芳輝 仙台市袋原小4年 佐々木実梨 宮城県古川黎明中1年
渡辺桃佳 塩釜市杉の入小5年 林哲朗 東北学院高1年
木村ゆうた 東松島市矢本東小2年 石田眞依子 宮城県蔵王高3年
菅原歩夢 登米市横山小4年 千葉菜津美 宮城県古川黎明高1年
高橋幸希 宮城県大河原町大河原小5年 藤井さやか 宮城県古川黎明高1年
菅野和 宮城県大河原町大河原小6年 鈴木実咲 宮城県古川黎明高1年
矢島さやか 仙台市折立中3年 川原裕美 山形県霞城学園高1年
杉原なな子 仙台市折立中3年 稲毛彩乃 山形県山形北高1年
加藤みちる 仙台市西山中3年 牧野遥 山形県山形北高1年
広浦いずみ 名取市第二中2年 五十嵐恵梨 福島県只見高3年
小斎日夏子 名取市閖上中2年 若林美緒 福島県只見高2年
◆佳作
後藤維吹 登米市横山小1年 斉藤翔 宮城県利府町利府中1年
伊藤せりな 宮城県古川黎明高1年    
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講評

「近」「遠」の目配り大切/審査委員長 桂川実(河北新報社論説委員長)

 伝えたい、訴えたいと思うことを、うまく文章にまとめるには、どんなことを心掛けたらいいのでしょう?

 近くのことと、遠くのこと。両方をきちんと表現できるように準備することが、説得力のある文章を書く条件の一つのような気がしています。

 身の回りで最近起きたこと、普段の暮らしの中で、ふと気付いたこと。それが近くのことです。遠くのこととは、よその国や地球全体のこと。それに昔のこと、現代ではなく歴史上の出来事も含めて考えてもらえばいいでしょう。

 「どういう意味があるのだろう?」。図書館に行く道沿いの看板へのそんな疑問が、河北新報社賞に選ばれた「気仙沼から非核平和宣言」の出発点になりました。

 子ども市民大学に参加し、原爆パネル展を見に行き、市長にも質問して、自分が住んでいるまちが平和宣言都市になったいきさつや意味を調べています。身の回りで気になったことを自分で調べた行動力と、得た知識を整理していく過程を自分の言葉でまとめている点が評価されました。

 「みんなの情報源」と「身近な危険、熱中症」は、テレビや新聞で知ったニュースを自分の身の回りに引き付けて、もう一度考え直そうとしています。同級生アンケートや新聞販売店への取材、あるいは、ひいおばあちゃんやドッジボールチームの話題を織り込んで、内容を掘り下げました。

 科学的な題材を分かりやすく表現するのは難しいものですが、「人類の課題」はホタルに絞って、大学の生物多様性講座で学んだことを整理し直しました。「日本人の生活になくてはならない『竹』」は、竹にこだわって物語や科学技術、日用品への活用を多角的に考察し、竹の総合学習の成果として印象的でした。

 社会的に賛否が分かれたり、実現が困難な課題と向き合うときに大切なのは、その課題の奥行きを知ろうという姿勢です。「死刑とは?」「日本の核問題に対する意識」の2作品からは、テーマの奥深さにひるまないで分け入っていこうとする意志を感じました。

 身近なことから出発して、具体的な話を織り込んで、表現は分かりやすく。事柄の奥深さへの目配りも忘れない。こうして挙げてみれば、わたしたち新聞作りに携わる者が忘れてはならない自戒であるべきことに気付かされます。

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