第23回新聞記事コンクール入賞作発表

考えよう 身近な問題  広げよう 自分の世界

 東北の小、中、高校生が、身の回りの出来事を調べて記事にしたり、社会問題を取り上げて論説にまとめたりする第24回新聞記事コンクール(河北新報社主催、東北6県教育委員会・仙台市教育委員会後援)の入賞作品が決まった。計1371点の応募があり、いじめ問題、動物との共生、戦争と世界平和、ソーシャルメディアとの付き合い方などのテーマが目立った。最高賞の河北新報社賞と、主な入賞作品を紹介する。

河北新報社賞 「インパール作戦」
大崎市岩出山中3年・今野真佳(こんの・まなか)さん
論説委員長賞 「スマートフォンとの向き合い方」
宮城県古川黎明高1年・今野里穂(こんの・りほ)さん
「竹島問題から」
宮城県古川黎明中3年・平田ゆり(ひらた・ゆり)さん
「いのちの再生」
聖ドミニコ学院小2年(仙台市)・山村吏良(やまむら・りら)さん
編集局長賞 「反抗期の妹を見て思うこと」
宮城県古川黎明高1年・坂本萌(さかもと・もえ)さん
「「もったいない」を身近に」
宮城県古川黎明中3年・佐々木百萌(ささき・もも)さん
「柴田の誇りの果物 雨乞の柚子」
柴田町槻木小5年(宮城県)・山本淳司(やまもと・あつし)さん
防災・教育室長賞 「「伝える」こと」
宮城学院中1年(仙台市)・菊地にじほ(きくち・にじほ)さん
優秀賞/佳作
講 評/社会へ まっすぐな目

河北新報社賞

「インパール作戦」 大崎市岩出山中3年・今野真佳(こんの・まなか)さん

 昭和19年6月、マレー半島に到着。同月ビルマ、メイミョウ、インパール作戦に参加。

 これは、一昨年93歳で亡くなった私の曽祖父の手記の一部。今年の盆に三回忌を迎え、そこで私の知らなかった曽祖父の壮絶な戦争体験を知った。陸軍として戦地に赴いた当時の手記を元に、そこに記されていたインパール作戦について調べてみると、太平洋戦争で最も無謀で悲惨と言われたこの作戦は、3万人以上が命を落としたとあった。なぜなら川幅600メートルにも及ぶ大河と2000メートル級の山を越え、ビルマからインドにある英国軍の拠点インパールを3週間で攻略する計画で、補給線を軽視した杜撰なものだったからである。日本軍はインパールに誰一人としてたどり着けないばかりか、撤退の際には、敵の追撃を振り切りながらも食料の補給は全くなく、飢えをしのいでの行軍は大変過酷なものだったようだ。このような状況の下、曽祖父はどう生き抜いて日本に帰って来たのだろうか。近所に住む戦友だったおじいさんに、曽祖父から聞いたという当時の貴重な話を聞くことが出来た。

 当時、前線では激しい戦闘が繰り広げられ、自分のいた部隊は散り散りになってしまい、曽祖父は誰が生きて亡くなったかも分からないまま一人はぐれて必死に逃げたそうだ。昼間は敵に見つかるため、現地の民家の軒下に隠れて仮眠をとり、鶏の卵で飢えをしのいで、夜に行動。幾日かして高台の高木の上から運よく別の部隊を発見、合流出来たとのことだった。

 曽祖父が残してくれた手記は、私に大事なことを教えてくれた。人の命を軽んじることは絶対に許してはならない。戦争を知らない現代に生きる私たちに出来ることは、戦争の歴史を教訓とし、同じ過ちを繰り返さないことだと思う。そして、次の世代へ戦争の悲惨さについて言い伝える責任を果たすべきである。平和のために、今は亡き曽祖父の戦争体験を、心をこめて大切に、私は語り継いでいきたい。

◎悲惨な歴史語り継ぐ

 同じ岩出山地区に住んでいたひいおじいさんは80歳を過ぎても、元気に庭仕事などをしていました。小学生の時は年に数回、きょうだいと泊まりに行きましたが、戦争体験は直接聞いたことがありませんでした。

 インパール作戦も今回初めて知りました。手記は漢字が連なっていて、何が書いてあるのか分からず、祖父や母に調べるのを手伝ってもらいました。関連する映像を見て、戦友のおじいさんの話を聞くうちに、軍の上層部が人の命を粗末に扱ったように感じ、許せない気持ちを抱きました。

 歴史の勉強は覚えることが多く苦手でした。身近な人が、今では信じられないような経験をしたことを知り、考えが変わりました。戦後73年がたち、戦争体験者は少なくなっています。悲惨な歴史を語り継ぐ責任は普通に暮らす私たちにもあることを、多くの人に知ってほしいと思います。

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論説委員長賞

「スマートフォンとの向き合い方」 宮城県古川黎明高1年・今野里穂(こんの・りほ)さん

 「29.9%」、これは内閣府が発表した、平成29年の小学生のスマートフォン利用率である。約3人に1人という確率を、人々は高いと判断するのだろうか。それともまだ低いと判断するのだろうか。

 3年前の平成26年は17.1%であった。また、この調査は全学年が対象になっているため、高学年だけで見れば更に高い利用率になるだろう。これらを踏まえると、近年スマートフォンは小学生にも普及していると言える。そして、利用内容のうち77.9%が「ゲーム」を占めているのだ。私が小学生だった頃は、スマートフォンで遊ぶということがあたり前ではなかった。放課後は校庭で遅くまで遊ぶことが普通であった。今はこのような子供が少ないと聞く。

 遊びの様式が変化しているのは、小学生だけではない。より小さい子供にも影響が出ているのだ。

 先日病院の待ち合い室にいた際、幼い子が「ママ、スマホ貸して」と言い、上手に操作しはじめた姿を目にした。熱があるのか、額には冷却シートが貼られているのにもかかわらず、夢中になる子供。しばらく経ち、戻ってきたスマートフォンでこれまた夢中になる親。私が小さい頃は、待つ間母親の膝に乗り、よく本の読み聞かせや手遊びをしてもらった。病院が苦手だった私にとって、どれほど安心できた時間であったことか。しかし周りを見渡してみると、そのような空間はどこにも見当たらなかった。隣同士にいるはずの親子の距離は、どこか遠く、そして寂しく感じられた。

 「暇なときはスマートフォンで遊ぶ」という考えが、小学生から幼い子供にまで定着している。利用率が高いか低いかということよりも、この事実があることの方が大きな問題なのだと気づかされた。そして、その要因となる環境を作り出しているのは、紛れもなく私たちであるということを忘れてはならない。いつか家庭を持ったときに、後世にまで悪循環を引き継がないよう、ここで断ち切る気持ちを持つべきではないか。

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論説委員長賞

「竹島問題から」 宮城県古川黎明中3年・平田ゆり(ひらた・ゆり)さん

 竹島問題について皆さんは、日本と韓国どちらの意見が正しいのか考えたことがあるだろうか。

 私たちが生まれるずっと前、1952年から続く問題だ。日本側の主張は、もともと日本の領土であった竹島を1905年に島根県に改めて編入したというもの。一方、韓国側は、もともと韓国のものであった独島(竹島)を1905年に奪われたという主張。

 どちらの主張が正しいのか。まず、もともとどちらの領土かわからない以上どうすることもできないだろう。私は、竹島問題について話し合いを優先するよりかは、昔の領土の調査を第一にするべきだと思う。なぜなら、日韓の話し合いになると、自国の意見、主張ばかりを押しつけあって一向に問題が解決しないと思うからだ。それに、互いの国の評判もどんどん悪くなっていくだろう。調査を行ったら、どちらの領土だったか証拠が見つかる可能性はゼロではないはずだ。

 私は、この問題でさらに日韓差別が進んだと思う。私の母は韓国人なのだが、新聞やニュースをよく見る祖母から「韓国人だから」という理由でたくさんのことを制限されていた。父も祖父も見て見ぬふりをしていて本当に辛そうだった。

 私が望んでいるのは、竹島問題の解決ではない。ただ、そのニュース、記事によって苦しんでいる在日韓国人、日韓ハーフの人たちがいることを知ってほしい。差別はいけないことと国が言っているのに、国が私たちの差別を進めていると言って過言ではないと私は思う。

 この問題のように、国同士の問題となると自国が必ずしも正しいといい張り、自国の悪いところを公表しないのはやはりおかしい。私は、国同士の問題が発生した時、自国のニュースなどを見るだけでなく問題の相手国の主張も平等にききたい。これからは、日本だけではなく、世界に視野を広げて物事と向きあっていきたい。

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論説委員長賞

「いのちの再生」 聖ドミニコ学院小2年(仙台市)・山村吏良(やまむら・りら)さん

 わたしは、夏休みにテレビを見て、土ぐうのことを知りました。今から1万年前のじょう文じだいの人は、土をつかって土ぐうを作りました。人の形をした土ぐうは、女の人をあらわしているものがたくさんあります。たとえば、大きなおなかをした土ぐうは、おなかに赤ちゃんがいるお母さんをあらわしています。大きなおなかには、正中線のもようもつけられていました。

 テレビにでてくる土ぐうを見たわたしは、じょう文じだいにきょうみをもちました。なので、せんだい市たい白区にある「じょう文の森ひろ場」へ行くことにしました。「じょう文の森ひろ場」は、じょう文じだいの村をほぞんし、かつようするためのしせつです。そこで、じょう文じだいの人が、土をつかって土きを作ったり、土をかぶせたたてあなじゅうきょにすんでいたこともわかりました。

 そして、「じょう文の森ひろ場」では、「じょう文ワクワクたいけん」ができます。じょう文じだいのアクセサリーや土きが作れます。わたしは、土ぶえ作りをたいけんしました。形は上手にできましたが、もようはむずかしかったです。

 さいごに、わたしは土きのもようについてしらべました。もようには、なわ、へびのウロコなどがあります。じょう文じだいの人はへびのだっぴがへびが生きかえったようにみえました。これをむずかしい言ばで「再生」とよびます。「いのちの再生」をいのって、もようにしたようです。土ぐうも、おなかに赤ちゃんがいるお母さんをあらわし、「いのちの再生」をいのって作ったことを知りました。じょう文じだいの人が、いのちを大切にしていたことがわかりました。わたしも、じょう文じだいの人みたいに、「いのちの再生」をいのる土ぐうを作ってみたいです。

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編集局長賞

「反抗期の妹を見て思うこと」 宮城県古川黎明高1年・坂本萌(さかもと・もえ)さん

 私の妹は只今反抗期中である。

 私は姉と妹2人、弟をもつ5人兄弟の次女である。反抗期中の妹は、今年小学6年生になった三女だ。私と姉は長期間、親に反抗したことはない。しかし、去年の春から妹は少しずつ親に反抗し、さらには私たちにまで怒りをぶつけるようになった。

 前までは普通に話してた私とも口をきいてくれない。自分の思い通りにならないと人の話を無視し、舌打ち、物にあたって私は怒っているんだというのを周囲に見せつけてくる。彼女は自分が中心に世界が回っていると思っているのではないかと心配になるほどだ。家は、リラックスできる場であってほしいと思っているし、そうあるべきだ。妹がイライラし、それに対し親も怒る。というような負の連鎖で家の中はリラックスできる場になっていない。

 反抗期は、自分を見つける期間と聞くが、いつになったら私の妹は見つけられるのだろうか。お願いだからはやく見つけてほしい。見守るのが周りのつとめと分かっていても口は出してしまう。彼女に分かってほしいからと思い言葉にしても彼女には届かない。一度だけ殴りあいの喧嘩(けんか)をした時があった。「お前には私の気持ちは分かんねぇよ」と言われたのを覚えている。あたり前だろと思った。本当に分かるわけがない。分かっていたら口も出さないし、話しかけもしない。

 日本中世界中の反抗期たちは、自分に言い訳をして、否定し自分を探しているように見せかけているだけなのではないだろうか。あなたの行動に傷つく人がいて、あなたの言動に悩む人がいることを知ってほしい。それが無理なら、その人は人として相手の心を知る必要があると思う。人の心が分かるように、考えられるようになれば、自分とも向き合えると思う。一人でも多くの人が今しか過ごせない時を大切に生きてほしい。

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編集局長賞

「「もったいない」を身近に」 宮城県古川黎明中3年・佐々木百萌(ささき・もも)さん

 みなさんは、世界で毎年どれほどの食料廃棄と食品ロスが行われているか知っているだろうか。

 実際に調べてみると、世界で生産されている食料の3分の1にあたる約13億トンもの可食部分の廃棄が1年間で行われているというのだ。また、日本で廃棄される食品ロスは年間1人当たり15キロにもなり、この量は世界一とまで言われている。

 本来食べられるのにもかかわらず廃棄されてしまう食品ロスはどのような場で行われているのだろうか。農家として野菜や米を栽培している祖父の枝豆の選別の仕事について行き、どれほどの可食部分の廃棄が行われているのか調べてみた。

 選別の作業では、収穫した豆を機械に流しすべて手作業でキレイで売りに出せるものと取れないキズや汚れがついていたり形が悪かったりして売りに出せないものに分けるが、考えている以上にその作業は細かく、中身は食べられても形が悪いものや少しの小さなキズでも見た目が悪いものなどはすぐにはじかれてしまっていた。その量は1日でコンテナ3個分の約30キロ分にもなっていた。私は、食べられるのにもかかわらずこんなにもの枝豆がはじかれてしまうことにとても驚いた。

 私の家では、はじかれてしまった枝豆を家で食べたり近所の家へおすそわけしたりしているが農家によっては捨てられてしまうと聞き、とてももったいないと思った。

 では、食品ロスを減らしていくために私たちがすべきことは何だろうか。それは、食べ残しをしないだけでも良いのだ。一人一人が「もったいない」という気持ちを常に持ち何気ない身近なことから取り組むことが重要だと思った。

 食品ロスを減らすことは資源の節約になるだけではなくて、ごみの削減にもつながる。私は、これからも生活の中で出来る取り組みを見つけて日々実践していきたい。

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編集局長賞

「柴田の誇りの果物 雨乞の柚子」 柴田町槻木小5年(宮城県)・山本淳司(やまもと・あつし)さん

 皆さんは柴田町で有名な果物をご存じだろうか。その果物、それは柚子(ゆず)である。柴田町の入間田雨乞(あまご)地区で生産されている雨乞の柚子。今回は雨乞の柚子についてたくさんのことを調べた。

 雨乞の柚子は日本一北にある柚子だ。震災前は6トン程生産されていたが、震災以降、不作になり、今は1.5トンにまで減ってきている。

 雨乞の柚子の特徴は皮が厚く香りがよいということだ。

 柚子は種から育てると実ができるまで18年かかると言われている。だから、これを短縮するため接ぎ木をするのが一般的だ。でも、雨乞の柚子は種から育てた柚子である。このことから雨乞の柚子はじっくり育てられていることが分かった。

 近年、柴田町で「しばた柚子フェア」を行っている。

 宮城大学のデータによると、雨乞の柚子を知ってから1年未満の割合が最も高く3年未満と合わせると55%を占めているという結果だった。もしかしたら「しばた柚子フェア」により知った人が多いのではないかと思った。

 雨乞の柚子はゼリーやお酒のおつまみ、薬味、かまぼこに挟むなど利用法がたくさんあった。

 雨乞の柚子農家の加藤さんの話によると雨乞の柚子を生産している雨乞地区は寒暖の差が激しく、そのことで皮が分厚く、味も良く、香りも良い柚子になったと言う。やはり、気候は大切なのだろう。

 雨乞の柚子は食べるだけではない。雨乞の柚子の種は化粧水にもなる。雨乞の柚子はとても万能な果物だと思った。

 皆さんに雨乞の柚子のことは知ってもらえただろうか。僕は雨乞の柚子が世界中に広がり、たくさんの人に愛される果物になってほしいと思う。これを読んで雨乞の柚子について関心を持った人は、是非、柴田町に来てみてはいかがだろうか。

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防災・教育室長賞

「「伝える」こと」 宮城学院中1年(仙台市)・菊地にじほ(きくち・にじほ)さん

 7年半ぶりの仙台にこの春戻ってきた。父親の仕事の都合で、震災の後に岩手、名古屋に移動し生活をしてきた。引っ越しの度に、ウオークインクローゼットの中は備蓄庫として利用される。水、食料、携帯用トイレ、バーベキューコンロ等、一般的な避難道具が占領することになる。すぐに持ち出すことのできないような量ではあるが、母いわく「避難所に行けない場合自宅や庭で生活しなくてはいけないから、最低限の生活必需品」とのこと。特に、名古屋は南海トラフ地震が起きる可能性が高いと言われており、人口も多く必ずしも学校や施設等に避難できるとは限らない。きっと、お年寄りや赤ちゃんが優先的に避難所で物資をもらったりして自分がすごすことになると思うと、やはり自分で最低限の生活必需品を準備する必要があると思う。

 もちろん、自治体や学校、地域等でも備蓄庫や様々な避難準備等も、してくれているかもしれない。3年前、岩手から名古屋に引っ越してきた時に、友人から「地震すごかった?」と聞かれた。4歳半の記憶ではあるが怖かった話をした。家では備蓄をしている話をするとおどろいていた。ほとんどの友人宅では備蓄をしていることがなく、公園の備蓄庫の水がもらえるから備蓄しなくても良いと言っていた。私は経験したからこそ伝えられることを少しでも友人達に知ってほしかった。だから食料のことや近所との協力や銀行ではATMが使えなくなりお金があってもお店ではおつりがもらえない事、食料など物が手に入りにくくなること。今だとガソリンが目盛りの半分になると給油しに行くこと等。そのような話を、友人から親に伝えたことで「うちも備蓄したよ」と、話をしてくれた時は、私ができる最低限の「伝える」ことができたような気がして、とても嬉しかった。

 このように、「伝える」ことは大切だと改めて思った。どの地域に住んでいても、常に万が一を想定して生活していきたいと思う。

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優秀賞/佳作

◆優秀賞
本田悠一朗加美町中新田小6年(宮城県)
星美音名取市増田西小6年
小畑杏夏同6年
槌谷有海同6年
渡辺叶東同6年
根本真璃奈同6年
佐々木結羅同6年
千葉かえら登米市北方小6年
田岡真紀仙台市上杉山通小4年
中條大稀大崎市富永小6年
松浦由倭仙台市郡山中1年
宮崎文脩仙台市上杉山中1年
古田恵宮城学院中2年
菊田望同3年
福原萌加宮城県古川黎明中3年
清水遥同3年
早川夏実仙台市東華中3年
中野夏希同3年
立花玲岩手大教育学部付属中1年
坂本竜太郎同1年
本木弘暉山形県霞城学園高I部4年次
石川葵葉同II部4年次
武田光人同4年次
佐々木唯杜宮城県古川黎明高1年
大場渚紗同1年
玉造颯人宮城県泉高2年
佐々木茉乃同2年
豊川巧真同2年
半沢壮宮城県仙台南高2年
杉本大緒同2年
◆佳作
仙石凰彗大崎市富永小5年
平間莉音柴田町柴田小5年(宮城県)
阿部優奈仙台市郡山中1年
上野歩夢宮城県泉高2年
(敬称略)  
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講評

社会へ まっすぐな目/審査委員長 相原和裕(河北新報社論説委員長)

 物事を筋道を立ててきちんと自分で考え、それを分かりやすく文章で表現するのは、とても難しいことです。皆さんの文章はそれができていたので、感心しました。

 河北新報社賞の今野真佳さんは、亡くなった曽祖父の手記をきっかけにインパール作戦について調べました。戦友だった近所のおじいさんにも話を聞き、悲惨な戦争体験から教訓を導き出したところがいい。

 身近な体験から普遍的な問題に広げていく考え方は大切です。今野さんは順序を踏んで論理的に考えるのがよくできていて、文章の展開が自然でした。

 正しく考えること。そのためには、本、新聞、テレビ、インターネットなど多くのメディアから適切に情報を得て、何が真実なのかを判断しなければなりません。そのとき、一体、何が必要でしょうか。

 平田ゆりさんの竹島問題についての文章は、それを教えてくれます。

 「相手国の主張も平等に聞きたい」「世界に視野を広げて物事と向き合っていきたい」。そう、冷静に客観的に、そして公平に謙虚に考えてみる態度が何より必要なのです。

 よく観察することも大事です。スマホについて書いた今野里穂さんには繊細な観察眼があります。親子の距離を「どこか遠く、そして寂しく感じられた」と見る感受性に感心しました。

 応募作品を読んで、皆さんが社会に対してまっすぐに目を向けていることに気付きました。いろんな問題に直面したときに、皆さんならきっと正しい判断ができると思いました。

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