第25回 新聞記事コンクール入賞作発表

日常で得た気づき 未来を変える力に

東北の小、中、高校生が、身の回りの出来事を調べたり、社会問題を取り上げて自分の意見をまとめたりする第25回新聞記事コンクール(河北新報社主催、東北6県教育委員会・仙台市教育委員会後援)の入賞作品が決まった。応募総数は1856点。高齢ドライバーの免許返納、動物愛護、いじめ問題、戦争と世界平和などのテーマが目立った。最高賞の河北新報社賞と、主な入賞作品を紹介する。(表記を一部直しています)

河北新報社賞 「知っていますか。ランドセルの重さ」
仙台市上杉山通小5年・田岡真紀(たおか・まき)さん
論説委員長賞 「戦争は身近な存在」
宮城県泉高2年・佐藤楓(さとう・かえで)さん
「統合について」
宮城県古川黎明中3年・高橋妃奈(たかはし・ひな)さん
「雨の日は読書をすべきだ」
名取市増田西小6年・渡辺実季(わたなべ・みき)さん
編集局長賞 「学生服のあり方」
宮城県仙台南高2年・樋渡夏怜(ひわたし・かれん)さん
「異世代交流のススメ」
岩手大教育学部付属中1年・大梶華子(おおかじ・はなこ)さん
「プラスチックストローと海洋汚染」
仙台白百合学園小6年・三岡茉央(みつおか・まお)さん
防災・教育室長賞 「防災−忘れないことの大切さ−」
宮城県古川黎明中3年・高橋歩美(たかはし・あゆみ)さん
優秀賞/佳作/優秀学校賞/学校賞
講 評/異なる見方の大切さ

河北新報社賞

「知っていますか。ランドセルの重さ」
仙台市上杉山通小5年・田岡真紀(たおか・まき)さん

 去年9月に文部科学省から全国の教育委員会に対し、重いランドセル解消に向けて配慮するように求める通知が出されました。子供の荷物が重くなっている背景には、小中学校の授業時間数の増加に伴い教科書のページ数が増えており、10年前と比べて約3割、重みが増えていることもあるそうです。

 私の小学校でも去年、各家庭に向けてお便りが配られ、学校に置いておける教材については持ち帰らなくてもよいようになりました。

 通知後にランドセルの重さがどうなったか、4年生の11月から5年生の7月までの間の139日間、毎朝ランドセルの重さを計測しました。

 ランドセルの平均重量は4・68キロで、私の体重に対し13・7%の荷重となりました。139日間中、体重の10%以下の重さだった日は9日間あり、残り130日は体重の10%を超えていました。体重の20%の重さを超える日は6日間あり、いずれも週のはじめで、体操着、上ぐつ、給食エプロン、図書室で借りた本など持って行くものが多い日でした。

 去年3月にランドセルメーカーの「セイバン」が2千人を対象に行った調査によると、1週間のうちにランドセルが最も重い日の重量は平均約6キロということで、今回の私の調査結果である6・03キロと変わらぬ数値でした。

 帯広協会病院整形外科の宮川健先生にお話を伺いました。「現時点でランドセルの重さや形状により猫背など姿勢異常、腰痛にはつながると思いますが、ちまたでうわさされるような側彎症(そくわんしょう)との関連性は指摘されていません。また、肩こり、腰痛もランドセルだけではなく、ゲームやスマホ、テレビなどの影響もあるため、いちがいに言えないと思っています」

 ランドセルが重すぎることが問題視されてまだ日が浅く、それが成長発育に問題となるのかどうか、さらに長期の観察が必要です。ただランドセルが軽くなれば、体の小さな子や家までの道のりが遠い子にとってはとても助かることだと思います。

荷物考えるきっかけに

 私には来年春に小学校に入学する妹がいます。以前妹が私のランドセルを背負ったら、そのまま後ろに倒れてしまいました。「妹が小学校に入ったら、きちんと背負って学校に通えるのかな」と心配になり、教材を入れたランドセルの重さについて調べてみようと思いました。

 毎朝学校に行く前に何も持たずに体重計に乗り、その後でランドセルを背負ってもう一度体重を量って、重量の差を調べました。特に重い日は、感覚的にも「今日は重いんだ」と感じるようになりました。

 やはりランドセルは重いと思います。ランドセルメーカーが調査して最も重い日の重量が平均約6キロあると分かっても、状況は変わっていません。

 学校には体が大きい子も小さい子も、家が近い子も遠い子も通っています。今回の作文が、どうすればランドセルがもっと軽くなるかを考えるきっかけになってほしいです。

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論説委員長賞

「戦争は身近な存在」
宮城県泉高2年・佐藤楓(さとう・かえで)さん

 「焼夷(しょうい)弾が落ちてきたらね、耳を覆って、目をひざで押さえるようにして、うずくまるんだよ。伏せちゃあいけない。内臓がやられてしまうからね」。これは私が中学生のころ、戦争を経験した曽祖母から聞いた話である。8月15日は、日本の終戦の日。戦争に関するさまざまな番組が放送される中、「戦後生まれの人口の割合が総人口のうち8割を超えた」というニュースが目に留まった。これは、戦争の経験を語り継ぐことが途絶える可能性を示唆している。私はこれを受けて、いま一度、国民一人一人が戦争の経験を見直すべきだと考える。  中学生の時に太平洋戦争について調べるという課題を出された私は、実際に戦争を経験した曽祖母に話を聞いた。食べるものは木の根のみ、頭の上を爆弾を落としてきた敵の飛行機が通りすぎる恐怖。今の暮らしとはかけ離れた苦しく、つらい現実があった。

 曽祖父が頭を打ち抜かれてでも帰ってきたおかげで私は生きている、という話を聞いた時は悪寒がした。と、同時に自分が戦争に対して無知であったことを痛感した。本や写真を見るだけで全て知った気になっていた。本当の現実は、その中には存在しないのに、だ。完全にひとごとだった。

 私たちは戦争のない生活が当たり前になってしまって、戦争を勝手に「遠い過去の存在」と思い込んでしまっている。だが、想像してみてほしい。もし先祖が生還していなかったら? 戦争はとても身近に存在しうるものなのだ。

 改元し、戦争の記憶をどうつなげていくかが叫ばれる今日。実際経験したことのない戦争の悲惨さを子どもの世代に理解してもらい、伝えていくのは簡単なことではない。だからこそ、国や学校などが戦争について身近に知る機会を設けるなどして本格的に戦争の風化を防ぐことが必要である。戦争をひとごととして捉えずに、当時の記憶に目を向けることが平和な日本をつくるために、私たちがすべき使命だろう。

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論説委員長賞

「統合について」
宮城県古川黎明中3年・高橋妃奈(たかはし・ひな)さん

 私の母校である宮沢小学校が、何年後かに統合するという話がある。私はそのことがとても寂しく思えた。私の思い出の詰まっている小学校がなくなってしまうような気がしているからだ。私の友達の小学校も統合していることから、最近は生徒の減少によって統合しなければならない地域が増えているのだろう。私はあまり統合はしてほしくない。なぜなら、校歌やそれぞれの学校の伝統がなくなってしまうような気がするからだ。

 私の意見は間違っているだろうか。ふとそのように思い、家族に意見を聞くことにした。良い、悪い、どちらとも言えないという全ての意見が出た。母は良いという意見だ。多くの友達と交流でき、そうすることで子どもたちにとって刺激になる。それによって競争心も芽生える。また、自治体の財政負担や教師の人数に関する問題、学級の維持費も改善することができるという意見だ。

 父は反対意見だった。伝統がなくなってしまうだけでなく、地域の住人との関わりがなくなる。また、統合することで遠方から通わなければならない生徒も出てきてしまう。いじめ問題の増加や、過疎化の悪化など、心配しなくてはならないことが増えていくのではないか、という意見だ。

 祖父、祖母はどちらとも言えないという意見だ。どちらのメリットも大きいがデメリットも存在する。それは仕方のないことだという意見だ。

 私は全員の意見を聞き、なるほどと思うところが多々あり、あまり考えない視点からも見ることができた。私はやはり母校がなくなるのは寂しい気持ちが強い。だが、生徒が少なくなれば、それは仕方のないことだ。つまり、統合をしないようにするには子どもが多くなればいい。私はこれから、私たちの街の魅力をたくさん広め、住みたいと思える街にしていきたいと思う。

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論説委員長賞

「雨の日は読書をすべきだ」
名取市増田西小6年・渡辺実季(わたなべ・みき)さん

 最近、本を読まないことが多くなり、雨の日も教室で走り回っている人がいるが、それはおかしいのではないか。

 晴れている日は外で遊んでいいと思う。でも、雨の日は静かに本を読んだ方がいいというのが私の意見だ。

 第一の理由は、本を読むと考えが深まり、心が豊かになるからだ。実際に私は、本をたくさん読んだら国語や道徳の文を書く時間で、一つの文章にたくさんの考え方ができるようになったり、短時間でいろいろな文を書けるようになったりして楽しくなったし、以前よりも評価されるようになった。

 第二の理由は、前に読んだある本に、「晴れの日は外で畑を耕し、雨の日は読書の日だ」という文があったからだ。晴れの日は一生けん命仕事をし、雨の日は本を読んで休む。たとえ数十分でも何ページかでも、本は心を温め、体の休けいになるからでもある。

 雨の日だからと言ってずっと本を読んでいてもつまらないし、あきてしまうという人もいると思う。本が苦手という人もいるはずだ。でも、ちょっとの間でも本と向き合い本を読むことで、本が好きになるかもしれない。本を読むと幸せがいっぱいだ。心が温かくなり、わくわくしたりどきりとしたり、ほっとしたり、感性が豊かになって世界がいつもとちがって見える。

 本はつまらないイメージがあるのかもしれないが、生きていく上で大切なことがたくさんかくれている。それを探すのは宝探しのようで楽しいし、本を読むと新しい発見もある。

 雨の日の暗い気分の日、楽しい本を探して読んでみて、明るい気分に変えるのも雨の日の楽しみだ。走り回ってけがをしておこられるのは、本を読まないことより損だ。それに、本を読むことに「らしい、らしくない」は関係ない。好きな本を見つけるのはすごく楽しいし、雨の日は少しの間でも「読書の日」にしてみたらいいと思う。

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編集局長賞

「学生服のあり方」
宮城県仙台南高2年・樋渡夏怜(ひわたし・かれん)さん

 多くの学校の制服は、男子はスラックス、女子はスカートと決まっているのはどうしてだろうか。  私がこの疑問を感じたのは、制服としてスカートを着用している際、ズボンと比較して不便と思うことが多いことだった。

 一つ例として挙げたいのは、冬場の寒さだ。私の通う高校では、ストッキングやタイツの着用は認められているものの、ズボンに比べると通気性が良く、十分な防寒対策はできない。また、私の友人は自転車で通学しているが、スカートの裾がめくれるため、やむを得ず片手運転になってしまうことがあると聞き、危険だと思った。

 もう一つ、大きな観点としてジェンダーレスを挙げたい。私は、以前ニュースで身体は女子、心は男子の小学生を取り上げていたのを見たことがあった。その子は、いつも小学校に行く時、ズボンしかはかないそうだ。そのような子どもが中学、高校に進学する際、多くの学校では制服があると同時に、女子の制服にスラックスを用意していないので、「スカートをはきたくない」という気持ちを優先したら、どの学校を選べるかの選択肢は著しく狭くなるだろう。ジェンダーレスを理由に選択肢が減ってしまうのは、仕方がないことなのだろうか。私はそうではないと思う。

 先生に、どうして学生服は男子がスラックス、女子はスカートと定められているのか聞いてみると、男性らしさ、女性らしさを大事にするためであるということだった。しかし、現代社会では、パンツスタイルで働く女性がいるし、国によっては、男性がスカートをはく文化もある。

 日本の学生服文化は変化しながら、長きにわたって受け継がれてきた。それぞれの学校でこだわりを持ち作られている。固定観念に縛られず制服について考えることで、より多くの学生がよりよい学校生活を送れるのではないだろうか。

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編集局長賞

「異世代交流のススメ」
岩手大教育学部付属中1年・大梶華子(おおかじ・はなこ)さん

 私は1年ほど前から囲碁センターに通っている。囲碁センターに来る方のほとんどは年配の男性であるが、女性もいるし、私と同世代の小中高生も少なくない。小中生向けの囲碁スクールも開催されている。しかし、同じ場所に集まっているものの、年配の方たちと若い世代の人の交わりはあまりない。私も担当の方とはお話することがあるが、他はほとんどない。

 そんな中、私は八段位を有するKさんに、一緒にペア碁大会に出場しないかと誘われた。ペア碁大会とは男女がペアになり、交互に碁を打ち順位を競う大会である。Kさんとは、面識があってもほとんど会話をしたことがない。父以上、祖父以下の年代であるKさんとペアを組むことに抵抗があった私は、その場でお断りした。しかし、後日センターの方から電話があり、私が断るとKさんは出場できないということで、渋々だが引き受けた。

 十二級の私とでは実力が違いすぎるし、午前から夕方までどのように過ごしたらよいのか不安な気持ちでいっぱいだった。当日会場に着いても全く乗り気ではなかった。

 ところが、対局が始まると私の気持ちは一変した。Kさんが私のミスをフォローしてくれたり、Kさんの打ち手を見て私の打ち手が決まったり、Kさんとのペア碁が楽しくなっていた。一局終わるごとに対局を振り返り、アドバイスをいただいた。性別も年代も実力も違うからこそ、経験できることばかりだった。結局、Kさんと私のペアは優勝した。

 同世代の人たちとの交流はもちろん大切であるが、異世代の人たちとの関わりも重要だ。自分にはないものを与えてもらうことができる。核家族化が進み、家族の中での異世代交流も難しくなっている時代である。いま一度家族のあり方を見直すとともに、さまざまな世代の人が共に活動し、お互いを理解し合ったり刺激し合ったりする世代間交流が、今の世の中に求められているのではないだろうか。

 Kさんとのペア碁大会で、私は思いを新たにした。

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編集局長賞

「プラスチックストローと海洋汚染」
仙台白百合学園小6年・三岡茉央(みつおか・まお)さん

 家族で東京に行ったときのことである。ホテルのレストランで、紙ストローが使われていた。そのとき、海鳥やカメにプラスチックのストローがささっていたニュースを思い出した。プラスチックは昔から大量生産されていて、現在ストローに限らずたくさんのプラスチック製品が作られ、私たちの生活を便利にしている。ところが、それらの多くが海に流れこんでいると分かり、海洋汚染は深刻な問題となっている。

 けれども、私はプラスチックのストローに慣れていたので、紙ストローを使ったときは感触に慣れず、変な感じがした。また、飲み物の中に紙ストローをさしたままだと、だんだんやわらかくなり、飲みにくい感じがした。それに加え、プラスチックのストローは曲がる物もあるので、角度を変えて飲めることはとても便利だと思った。

 しかし、海洋汚染の問題を考えると、私のようなプラスチックのストローを気に入って使う人が意識を変えていかなければ、何も変わらないということに気がついた。また、人が作り出した便利な物が環境を汚染していることに目を向け、改善していかなければならないと分かった。

 世界の国々では、すでにプラスチックストローの使用を禁止しているところもある。日本は大手の飲食店で紙ストローなどに切り替え始めている。少しずつ社会がプラスチックごみのさく減に力を入れ始めているのを感じる。

 このままプラスチックストローやプラスチック製品を使い続けると、海洋汚染は進み、海鳥や魚、カメなどの生物にもますます悪影響を与えてしまう。

 だから、私はこれからはプラスチック製品の使用を減らし、紙ストローを使ったり、買い物の時はビニール袋をもらわずエコバッグを活用したりするなど、プラスチックごみのさく減に努め、環境に優しいものを使っていきたいと思う。

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防災・教育室長賞

「防災−忘れないことの大切さ−」
宮城県古川黎明中3年・高橋歩美(たかはし・あゆみ)さん

 2018年3月、河北新報社から「備えの手紙・5年後のわたしへ、家族へ」が届けられました。2013年に実施されたキャンペーンに母が応募したもので、いつ起こるか分からない自然災害への備えの気持ちを手紙にして5年後の自分や家族に送ろうというものでした。

 手紙は私と弟あてでした。東日本大震災時、石巻市南浜に住んでいて幼稚園児だった私は、高台にある幼稚園で被災し、迎えに来た母と弟と避難所となった中学校の教室で5日間過ごしました。その時のことが書かれていました。内陸出身の母にとって、地震の後に津波が来るという危機感はほとんどなかったということ。ただ、私や弟を迎えに行かなければと、たまたま、車を置いて走って高台の幼稚園へ向かったから命が助かったこと。家に戻れなくなるなんて思ってもいなかったから何も持たずに出てしまい、避難所で知り合いもいない中、子どもたちに食べさせなさいと食べ物を分けてもらったり、私や弟が夜泣きやグズった時も「気にしないでね」と言ってもらったり、みんな大変な時なのに周りの人の優しさで頑張れた、ありがたかったと書いてありました。

 震災後、大崎市に住み、沿岸部に親戚もいない私にとって、震災はだんだん昔の出来事のようになっていましたが、この手紙をきっかけに、当時のことを思い出し、家族で防災・減災について話し合うことができました。

 防災・減災といろいろ備蓄したり、安全対策をすることはもちろん大切です。でも、一番大切なのは命だと思います。物は買い直したりできるし、思い出もみんなの心の中にあるから大丈夫。でも、命は取りもどせません。また大きな災害があった時は、まず、命を守る行動をしようと思います。そして、周りの人と助け合って困難を乗り切ったあの時。周りの人の優しさに守ってもらって、今があること。忘れないで。

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優秀賞/佳作/優秀学校賞/学校賞

◆優秀賞
山本淳司柴田町槻木小6年(宮城県)
播磨湊斗同6年
竹内智治大崎市古川二小4年
伊藤沙来丸森町丸森小6年(宮城県)
鳥崎啓太同6年
日野優奏名取市増田西小6年
小林沙弥同6年
佐藤快南三陸町志津川小5年(宮城県)
渡辺絢世同5年
桜田大和石巻市湊小5年
河野志愛羅仙台市郡山中2年
福田莞奈岩手大教育学部付属中2年
畠山大輝同1年
熱海千尋宮城県古川黎明中3年
須藤優衣同3年
瀬戸穂乃歌同3年
小野寺海宮城教育大付属中2年
高野心優宮城県仙台二華中2年
前元葵華宮城学院中2年
鷲田柚季同1年
小山有美華仙台育英学園高2年
佐々木若葉仙台白百合学園高2年
熊谷未来宮城県泉高2年
山下晴加同2年
池田優花同2年
井上憂乃同2年
菅木颯士同2年
相沢さくら同2年
藤森優心同2年
横田彩乃山形県霞城学園高I部4年次
◆佳作
小山壱輝石巻市湊小6年
久保穂乃佳岩手大教育学部付属中1年
岩渕香夏宮城県石巻好文館高2年
◆優秀学校賞
名取市増田西小
宮城県古川黎明中
宮城県泉高
◆学校賞
石巻市湊小
丸森町丸森小
岩手大教育学部付属中
宮城学院中
宮城県石巻好文館高
宮城県仙台南高
(敬称略) 
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講評

異なる見方の大切さ/審査委員長 相原和裕(河北新報社論説委員長)

 新聞記者を長い間続けてきて思うのは、柔らかなものの見方ができる大人は、社会には本当に少ないという残念な事実です。

 自分の従来の考えに固執しないで、他の人のアドバイスも素直に受け入れ、再度、考えてみる。それには、謙虚で柔軟な心を持っていなければなりません。

 高橋妃奈さんの作品に「私の意見は間違っているだろうか」という印象的な文章がありました。高橋さんは、自分の考えに疑問を抱き、家族に意見を聞き、違う視点からも考えてみたのです。

 樋渡夏怜さんには「固定観念に縛られず考える」、大梶華子さんには「自分にはないものを与えてもらうことができる」、渡辺実季さんには「たくさんの考え方ができるようになった」。表現はそれぞれですが、異なる見方の大切さに気がついています。

 「矯(た)めつ眇(すが)めつ」というちょっと聞き慣れない古くからの表現が日本語にはあります。矯めるは目を据えてじっと見る、眇めるは片方の目を細くして見る。つまり、いろいろな角度から何かを丹念に見るという意味です。

 田岡真紀さんの作品が素晴らしいのは、自分で139日間もランドセルの重さを計測した研究熱心さです。それともう一つ、じかに専門家に話を聞いてみて、結論をまとめた姿勢です。

 客観的で信頼できる情報を努めて手に入れ、決して独り善がりには陥らずに、いろんな見方も受け入れる。応募作を読みながら、皆さんはしなやかな思考ができていると感心しました。そのような感性をいつまでも持ち続けてほしいと思いました。

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