身近な問題を見つめ 未来へ問いかける

東北の小中高生が身の回りの出来事を調べたり、社会問題を取り上げて自分の意見をまとめたりする第26回新聞記事コンクール(河北新報社主催、東北6県教育委員会・仙台市教育委員会後援)の入賞作品が決まった。 応募総数は1539点で、新型コロナウイルス、環境問題、差別や偏見などをテーマにした作品が目立った。最高賞の河北新報社賞と主な入賞作品を紹介する。(表記を一部直しています)

河北新報社賞

「差別も偏見も受け入れよう」

宮城学院中2年 久保弥羽音(くぼ・みはね)さん

「みいちゃん、がんばって」

しーんとした小学校の体育館に突然響いた弟の声。6年生の時、全校集会でボランティアの方へお礼の言葉を伝えるため、ステージでマイクの前に立った時でした。 何度も経験した弟の空気を読まない行動に私はほほ笑む余裕さえありました。でも、周りは違います。担任の先生は困ったような表情。数人の児童からは失笑がありました。

私の弟は発達障害という名前の障害と一緒に生きています。見た目は普通の小学生です。だけど少し不思議な雰囲気がありました。 小学校へ入学した弟と登校班の集まり場所へ行った私は、ある保護者の弟を見る目や態度に違和感を抱いていました。そして、その時がきました。 「お宅の子が傘を振り回して他のお友達にぶつかる」「お宅の子が他のお友達のかかとを踏んで、転ばせるところだった」

その保護者が母と学校に言ったのです。そして、当時4年生の私にも「ちゃんと見ててよ」とたたきつけるような口調で迫ってきました。 怖かった。だけど、弟は何もしていない。勇気を出して「弟は何もしていません」とはっきりと言った。事実を主張した私は独りぼっちだった。周りの保護者の目は泳いでいた。 その日から私たち姉弟は集団登校から外れ、2人で登校した。

小学生の私は理不尽な大人の対応と、それを見て見ぬ振りをする大人を知った。それと同時に正しく強く優しい大人がいること、自分の目標となる大人がいることを知ったのです。 当時の担任の先生は、弟への偏見と私が独りぼっちで闘った事実を知るとすぐにホームルームを開き、差別や偏見があってはいけないと教えてくれました。

そのおかげで私は差別や偏見を受け入れようと思う強さを身に着けました。差別や偏見をなくすことは難しいです。だから私は差別や偏見を受け入れました。 けれど、差別や偏見を助長する社会を作ってはいけない。今の自分だからこそ、ここらから伝えていきたいと思います。

久保弥羽音さん

勇気をもって伝えたい

差別や偏見について書こうと考えたのは、新型コロナウイルスの感染者が差別を受けていると知ったこと、学校の調べ学習で黒人差別の問題を学んだことがきっかけです。

小学5年の弟には発達障害があります。障害者は差別や偏見を受けやすく、コロナや人種差別の問題と重なり、差別や偏見はいけないと勇気を持って伝えようと思いました。

文中の出来事は私が小学4年で弟が入学したころのこと。弟に関して周囲とのトラブルや悩みを抱えた私は、当時の担任と校長先生に助けられました。やってはいけないことには毅然(きぜん)とした態度で臨み、優しくも厳しい2人の先生は私の将来の目標です。

弟は明るく、弟の一言で家族の雰囲気が和むことがあります。落ち着きがないなどの特徴がありますが、注意すれば分かるので理解してほしいです。

相手を認めることができない弱さは皆が持っていると思います。差別や偏見をなくすには現実を受け入れ、相手を知って理解し合えるようになればいい。少数派の声はかき消されがちですが、耳を傾けてくれる人は必ずいます。差別や偏見はいけないと諦めずに伝え続けたいと思います。

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編集局長賞

「当たり前の素晴らしさ」

宮城県仙台南高3年 菅野陽日(かんの・はるか)さん

5カ月前、突然私たちの生活は一変した。2年生のクラスでの生活が奪われ楽しみにしていたバーベキューや分散会、友達との旅行、習っているダンスの発表会、部活動、全てが無くなった。連日テレビで報道される新型コロナウイルスについての情報を見ることしかできなかった。

学校に行くこともままならない中、気づけば高校3年生になっていた。世間でいう「受験生」になった私はただペンを走らせるしかなかった。

そんな中、マネジャーとして所属していた部活の総体の中止が決まった。なぜ私たちがこんな思いをしなくてはならないのか、悔しくて涙が止まらなかった。目標も希望も全て奪われたような気がした。

5カ月経過した今、私が思うのは、この期間で失ったものはもちろん大きかったが、新たに得られたものも大きいものだったということだ。それは「当たり前の素晴らしさ」だ。

私がこの5カ月の間何よりも欲しかったのは普通の日常だった。私は大人たちが面倒くさがりながら過ごしていた日常が欲しくてたまらなかった。そこで、毎日当たり前のように過ごしていた日常がどんなに素晴らしくて、輝かしいものだったかに気づくことができた。

6月から学校生活が再開して、友達と笑ったり勉強したり部活をする日々が幸せでとても楽しいものだと改めて実感した。先生方が準備してくれた代替大会で準優勝し、部活動も締めくくることができた。

見えない敵に、奪われた日常が多くの人々に支えられていることへの感謝を忘れてはいけない。そして自分自身が、誰かの日常を支え、彩ることができるような存在になるべきなのだと思う。

今回のことで失ったものは多くある。しかし、得たものがかけがえのないものだったおかげで学びの多い5カ月だった。当たり前の日常への感謝や尊さも忘れずに、私たちは支え合って生きていかなくてはならない。

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編集局長賞

「地域医療を守る」

岩手大教育学部付属中2年 浅沼美琴(あさぬま・みこと)さん

「美琴さんの将来の夢は何ですか?」。小さい頃から通い続けている、自宅近くの小児科T先生の口癖だ。

風邪などで具合が悪い時も、インフルエンザなどの予防接種の時でも、必ず聞かれる。「アイドルになりたい」とか「弁護士になりたい」とかいろいろ答えても、「素晴らしい夢だね。でも、小児科のお医者さんはどう? 医師の数が足りなくて困っているんだよ」とお決まりの返事が返ってくる。

私も中学生になり、体力がついたのか、成長したからなのか、小児科にお世話になる機会はぐっと減り、T先生の言葉は忘れていた。

ある日、予防接種のために、久しぶりにT先生のもとへ行くと、先生の髪は真っ白で、まるで、おじいちゃんのようだ。驚いている間もなく、「大事なお話があります。この病院は、来月で閉院となります。妻の介護に専念したくてね。老々介護だから疲れますよ」と。

私の父が幼い頃から診てもらっている病院なのに。今度、具合が悪くなったらどうしよう。「私のかかりつけ医」がなくなる。私の頭の中はショックより、今後の心配の方が大きかった。

近年、日本の少子高齢化は急速に進み、大きな社会問題となっている。子供の心と体をより健康に育てるために、小児科医の存在がますます重要なものになってきている。

しかし、小児科医の数は少子化とともに減少傾向にあるが、実際には少ない子供を大切に育てようという社会の意識が高まり、かかりつけ医として小児科専門医を求める家庭が増えているという。

また、子供が病気にかからないように予防接種や検診などの保健活動に力を注いできた地域医療の歴史が、私たちの今の生活を支えているということを学んだ。場合によっては、専門医がいる大きな病院を紹介したりと、かけ橋の役目も持っている。

まさに、地域医療とは治療だけでなく、なんでも相談できる、身近で頼りになる存在なのだ。患者との信頼関係が大切なのだ。

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編集局長賞

「「こつこつ」のすすめ」

仙台白百合学園小3年 五十嵐胡桃(いがらし・くるみ)さん

わたしの学校の近くに病院の工事現場がある。そこにはおもしろい六つのかん板があり、一つのかん板に目がとまった。

「まいにち骨骨(こつこつ)。それが仙台スタイル」

「こつこつやる」はよく聞く言葉だが、本当の意味は知らなかった。だから調べてみようと思った。

漢字は骨骨ではなく、「兀兀」と書く。「地道にやる、ひたむきにど力する」という意味だ。「兀」一つでは「高くそびえている様」を表し、ちりも積もれば山となるということわざと似ている。

本当にこつこつやることは大事なのか自分の経験を振り返ってみたら、三つのことを思い出した。

一つ目は、年中と年長の時に2度登った富士山のことだ。さいしょは高い山を見て不安に思ったが、一歩一歩登っていったら八時間でちょう上に着くことができた。

二つ目は休校中に取り組んだ自主学習だ。3月1日に北海道からスタートして、毎日1県ずつ調べてノートにまとめた。はじめは面どうくさいと思ったが、だんだん楽しくなった。3カ月の休校で47都道府県と40カ国について調べることができた。 各都道府県の形やデータをおぼえて、外国の首都や国旗も学べた。一気にはできないけど、毎日少しずつやったことだからできたと思う。

三つ目は、今一番力を入れている水泳のことだ。毎日練習をしても1秒ちぢめるのに何カ月もかかることがある。のびなくてなやむ時もあるが、自己ベストが出たら水泳がもっと楽しくなる。

セントラル泉中央の菊地裕夫コーチに話をうかがった。「速くなるせん手は毎日こつこつ練習を続けることができる人」と教えてくれた。コーチ自身も20年以上水泳を指導しており、全国大会出場せん手も多く育てている。こつこつの大切さが分かった。

小さなことを積み重ねれば、いつかはきっと大きくなる。こつこつやることは大変だが、楽しむことが続けるコツだとわたしは思う。

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論説委員長賞

「祖父母の命の選択」

宮城県泉高2年 小川桃佳(おがわ・ももか)さん

コロナ禍の中、メディアでは不要不急の外出を避けるように呼びかけ、一方国では「Go To キャンペーン」で経済を回す矛盾な政策を掲げている。国民全体がそのどちらを選択するのか個々の判断に委ねられているのである。

人は危機感を長期間維持させることは難しい。そして長期戦になると伝える側も目新しい情報がなくなり、聞く側も鈍感になってしまうものだ。

感染者が近場で発生すれば、右往左往するものである。また、WHOでは新型コロナウイルスに対するワクチン開発が永久にない可能性を示唆している。そのためコロナが終息するにはまだまだ時間がかかりそうだ。単刀直入にコロナに感染しないためには、身近なコロナ情報を正確に収集しながら感染リスクの高い環境におかないよう、行動の選択が求められるのである。

近所に住む祖父は人生80年、健康寿命がモットーで常にポジティブな考えの持ち主である。ある時、祖父母の家に行くと、どことなく祖父の様子がおかしかった。話を聞けば、5年前から認知症を患っている祖母のことで思い悩んでいた。それはデイサービスに行くか行かないかの選択であった。

先日、仙台の高齢者施設にクラスターが発生した。感染リスクが高くなりうる施設へ行く不安、休めば認知症が進行するリスク。施設では、家族内で決めてほしいとのことだった。

祖父は戦前幾度の命の選択をして生きながらえてきたと言う。その時以来の選択だった。結局デイサービスへ行く選択をしていた。

コロナ禍は今後も続くであろう。そして、私たちは常に保身を図らなければならない。感染リスクが低い環境に身を置く行動の選択が必要になる。そうすることにより、家族や周りの人を感染にさらさないことにつながる。

時には高齢者にとっては命の選択をせざるを得ない場合も出てくるであろう。私たちがその命の選択をさせないよう想像力を持った行動が試されているのである。

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論説委員長賞

「笑いあえる時間を」

仙台市郡山中3年 水沼舞桜(みずぬま・まお)さん

みなさんは“認知症”を身近に感じたことはあるだろうか。「ニュースでやっているのを見たことがある」という人も多くいるだろう。私も数年前までその中の一人だった。

私の祖父は気前がよく、とても優しい人だった。猟師もやっていて、イノシシやシカなどを軽トラックの荷台にのせて帰ってくることもあった。長期休みに家を訪ねるとたくさん話をしてくれたり、私の好きなものをたくさん買っておいてくれたりした。 しかし、幼かった私は「いとこと早く遊びたい」という気持ちが強く、祖父のことをないがしろにしたこともあった。そして5年前、祖父は家族に言われて運転免許を自主返納した。車という移動手段が無くなり、家にこもりがちになった。すると、祖父の物忘れは段々と進行していった。

そしてある日、祖父が認知症であることを告げられた。あと少ししたら、私や家族のことを忘れてしまう。そう思うと苦しかった。なぜ、しっかりと祖父と向き合わなかったのか。後悔ばかりが心に浮かんだ。だが、悔やんでいる間にも祖父は忘れていってしまう。だからこそ、今できることをしようと決めた。

祖父はもう私のことを覚えていない。しかし、これからは祖父が一生懸命伝えようとする言葉を、私なりに一生懸命聞いていこうと思う。

2015年の厚労省の調査によると、日本には約462万人の認知症患者がいて、それは65歳の7人に1人という割合らしい。2025年には患者数は700万人前後にまで増加すると推定されているそうだ。

人生は何が起こるか分からない。大切な人が明日いなくなってしまうかもしれない。当たり前にできていたことが突然できなくなるかもしれない。だから私は後悔のない時間を過ごしていきたいと思う。みなさんも大切な人と過ごせる時間についていま一度考えてみてはどうだろうか。

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論説委員長賞

「人は色で判断されて良いのか?」

ホライゾン学園仙台小4年 八月朔日葵香(ほづみ・あいか)さん

「青色のコップ使っているんだ。男みたい」

6月の初旬、学校の歯みがきコップの色が青だからという理由で、私は男のようだと、冷やかされた。そして、コップを使う度、言われ続けた。母に相談すると、「えー。今日のお母さん、シャツはグレー、スカートは青なんだけど。男なの?」と少し困った顔をしながらも笑いながら答えた。

人は色によって判断されるのか。

同時期にアメリカでは、白人けい察官による黒人男性ぼう行事件をきっかけに、抗議デモが行われ、世界各国に抗議活動は広まっている。肌が黒いというだけで、悪い人、危険な人と決めつけるべきではないと訴えている。

私は、3年生の時、Michael Jacksonの「Black or White」の歌をみんなで聴き「人はどのように個性的であり異なった存在であるか」「みんなちがってみんないい」ということについて考える授業をした。

Michaelは明るい曲調で歌い、強いメッセージをこめて「It don’t matter if you’re black or white」肌の色なんて関係ないんだ。どってことない問題だと、世界の人に伝えた。

皆でたくさん議論もした。生まれた場所、環境によっていろいろな色をもった人種がいること。色や個性はその人らしさを表現するもの。ちょっとしたちがいを差別したりひ難することで争いがおきること。おたがいをよく知ることで解決できる問題もある。などたくさんの意見がでた。私は冷やかされた時、皆はこの授業で学んだことを忘れてしまったのか?と、悲しさとさびしさで心が痛んだ。

赤色の服を着ている男性もいる。黒や青色を着ている女性もいる。色であれこれ決めつける考えに負けまいと、私は青色のコップを使い続けた。私の小さな抗議活動である。

色で人を判断し、良しあしを決めることは、世界中で深い問題となっている差別への一歩につながることに気づいてほしい。

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防災・教育室長賞

「浜の暮らしのはまぐり堂」

宮城県古川黎明高1年 後藤沙絵(ごとう・さえ)さん

宮城県石巻市桃浦に「浜の暮らしのはまぐり堂」という喫茶店がある。その地域の蛤浜と言われている海を守るために作られた。

桃浦は海が見える町で、山がたくさんある。私の祖父母は数年前まで住んでいて、そこに行くのが大好きだった。幼い頃の記憶ながらも、山の中の神社でさい銭(せん)したり、船に祖父と乗ったことを鮮明に覚えている。祖父母の家の間取りや床の柄も覚えている。それくらい桃浦という町、祖父母の家に愛着がある。

しかし、2011年に東日本大震災が起きてしまった。

私が住んでいた町は、約1メートルの津波が押し寄せた。一方、桃浦は海が近く、被害がとても大きかった。家や山など、到底動きそうにないものも流された。桃浦は家が一つも無くなり、がれきだらけになっていた。

そこから何年かたち、「浜の暮らしのはまぐり堂」ができた。私はそのことを知ったとき、人が少ししか住んでいないのになぜ桃浦にできたのか疑問に思った。だが家族が「前の祖父母の家と似ている」と話しているのを聞いて、行きたくなった。そこで家族と震災の話になったときに、ふっと桃浦に建てた意味が分かった気がした。

一つは故郷を懐かしむ場所として作ったと思う。震災によって弱くなった人とのつながりを強くさせる場所であるだろう。そしてもう一つは、震災を忘れないようにするためだと思う。はまぐり堂の存在が、家族で震災の話をするきっかけとなった。

東日本大震災から9年たった。あの出来事を忘れることはほぼないだろう。けれども、日がたつごとにあのときの悲しみや感謝の気持ちが薄れてしまっている。だから「はまぐり堂」は私に良いきっかけを与えてくれた。新しい建物を建てるということは過去を捨てるような感じがするが、そうではない。

新しく建てることで震災を思い出させてくれるのだ。だから桃浦、つまり被災地にはどんどんお店や家を増やしてほしい。

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優秀賞/佳作/優秀学校賞/学校賞 (敬称略)

優秀賞

神谷宗之介

宮城教育大付属小3年

優秀賞

鈴木美春

仙台白百合学園小5年

優秀賞

松川心海

石巻市湊小6年

優秀賞

杉浦泰地

石巻市湊小5年

優秀賞

鈴木聡祐

石巻市寄磯小6年

優秀賞

石垣美保

仙台市郡山中3年

優秀賞

畠山紗世

仙台市郡山中2年

優秀賞

辻井麻琴

仙台市郡山中2年

優秀賞

三浦凜

宮城県古川黎明中3年

優秀賞

今野綾乃

宮城県古川黎明中3年

優秀賞

伊藤灯

宮城県古川黎明中3年

優秀賞

遠藤空

宮城県古川黎明中3年

優秀賞

菅原栞

宮城県古川黎明中3年

優秀賞

斉藤璃乃

岩手大教育学部付属中2年

優秀賞

折戸彩香

岩手大教育学部付属中2年

優秀賞

狩野紗希

宮城県石巻好文館高2年

優秀賞

本郷綾音

宮城県石巻好文館高2年

優秀賞

三浦藍

宮城県泉高2年

優秀賞

佐藤杏璃

宮城県泉高2年

優秀賞

コービー夏希タリア

宮城県泉高2年

優秀賞

冨久尾尚紀

宮城県泉高2年

優秀賞

大和田莉穂

宮城県涌谷高1年

優秀賞

高橋妃奈

宮城県古川黎明高1年

優秀賞

千葉まひる

宮城県古川黎明高1年

優秀賞

安田理紗

宮城県仙台南高3年

佳作

大友結以

宮城学院中2年

佳作

阿部小春

岩手大教育学部付属中2年

佳作

須藤由宇

宮城県古川黎明高1年

優秀学校賞

仙台市郡山中

優秀学校賞

宮城県古川黎明高

学校賞

岩手大教育学部付属中

学校賞

宮城学院中

学校賞

宮城県古川黎明中

学校賞

宮城県石巻好文館高

学校賞

宮城県泉高

学校賞

宮城県涌谷高

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講評

「冷静な目が頼もしい」

審査委員長 河北新報社論説委員長 木村正祥

東日本大震災から10年目に入った今年、新たな苦難がのしかかりました。新型コロナウイルスという目に見えない脅威です。

自粛ムードが社会の活力を奪っていますが、多くの作品から、感情に流されることなく、冷静にたくましく目の前の困難と向き合っている様子が伝わり、頼もしく感じられました。

河北新報社賞の久保弥羽音さんは弟の言動に対する周囲の目に傷つきながら、「差別や偏見を助長する社会を作ってはいけない」と決意しました。コロナ下でも問題になっているテーマです。大人にぜひ読んでほしいと思った作品です。

八月朔日葵香さんも差別をテーマにしました。小学校で使っているコップの色から人種差別の問題に切り込みました。しっかりした展開力に感心しました。

コロナの影響で高校総体が中止となり、部活動のマネジャーを務める菅野陽日さんは「目標も希望も全て奪われたような気がした」と悲嘆しました。

しかし、代替の大会が開催され、準優勝したことが気持ちを前向きにさせました。当たり前だった日常が多くの人に支えられていたことに気付いて感謝の念を抱き、自分も誰かを支えることができる人になると心を奮い立たせました。高校3年生ならではの心持ちと責任感が表れた秀作です。

小学3年生の五十嵐胡桃さんも休校中に身に付けたことがあります。自主学習でこつこつと47都道府県と40カ国について調べ、ノートにまとめました。「面倒くさい」が次第に「楽しい」に変わったのはなぜ? 楽しみながら読みました。

後藤沙絵さんは震災当時の悲しみや感謝の気持ちが薄れていると指摘します。震災とコロナで苦しんでいる人が多くいます。後藤さんのメッセージをしっかり受け止め、紙面作りに生かしたいと思います。

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