vol.29

働きがいのある職場づくりへ
「メンタルヘルス向上」を推進

宮城県の「健康経営優良法人2026(中小規模法人部門)」認定数は679事業所、全都道府県1位の伸び率となるなど、健康経営の実践が広がっています。取り組みを通して「従業員の健康への投資が、結果的に企業の価値を高める」と実感する経営者が増える中、社会情勢やニーズに合わせて進化する健康経営の現在地と、今後目指すべき方向について、専門家と実践者に聞きました。

TOPIC. 01

社会のニーズ取り入れ実践
目指すべき健康経営とは

東北大学 名誉教授 
同大学院医学系研究科
公衆衛生学 客員教授

辻󠄀 一郎

メンタルヘルス対策は近年、企業の重要な課題として注目されています。誰もが生き生きと働ける職場づくりのために、どのように取り組めばいいでしょうか。東北大学名誉教授・同大学院医学系研究科公衆衛生学客員教授の辻一郎氏に解説していただきました。

メンタルヘルス不調者を
抱える事業所が1割超

厚生労働省の「令和6年労働安全衛生調査」によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1カ月以上休業した労働者は全体の0.5%、該当する労働者がいた事業所の割合は10.2%。事業所の1割超が課題を抱えていることが明らかになりました。また仕事や職業生活に関する強い不安や悩み、ストレスを感じている労働者の割合は68.3%にのぼります。

職場のメンタルヘルス対策の重要性は認識が広がっており、ストレスチェックやハラスメント防止、相談窓口の設置などを実施する事業所が増えてきました。しかし対策の多くは、メンタルヘルスが悪化した場合のケアや予防に重点が置かれているのが現状です。今回は健康経営の観点から、組織をより活性化するポジティブな「メンタルヘルス向上」への取り組みについて考えたいと思います。

働きやすさと働きがいが
もたらす好循環

政府系金融機関である日本政策投資銀行(DBJ)は、融資にあたって、従業員の健康や働き方への配慮に関する取り組みに優れた企業を評価・選定する「健康経営格付融資」を2012年から実施しています。評価体系は「心身の健康」「働きやすい環境づくり」「エンゲージメント」の3分野で構成。健康経営の要素として、働きやすさやエンゲージメントを、心身の健康と並ぶ柱として重視していることが分かります。

働きやすい環境とは具体的に何でしょうか。労働安全衛生水準の向上に取り組む中央労働災害防止協会は、快適職場調査(ソフト面)の項目を次の7領域に分類しています。「1.キャリア形成・人材育成」「2.人間関係」「3.仕事の裁量性」「4.処遇」「5.社会とのつながり」「6.休暇・福利厚生」「7.労働負荷」。これらのうちどれかではなく、網羅的に満たすことが働きやすい環境づくりにつながります。

快適職場調査(ソフト面)の7つの領域

厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「ここの耳」はこちら

ワーク・エンゲージメントはオランダ・ユトレヒト大学の教授らが提唱した概念で、仕事をすることで生き生きとなれる「活力」、誇りとやりがいを感じる「熱意」、夢中になれる「没頭」の3つが揃った状態のこと。日本語では「働きがい」にあたります。ワーク・エンゲージメントが高まれば、パフォーマンスや自発性の向上、離職率の低下といったプラスの現象を導き、その結果、組織が活性化し生産性が上がります。このように、働きがいのある職場づくりが最終的に企業価値や業績の向上をもたらす好循環こそ、健康経営の目標です。

快適職場調査(ソフト面)の7つの領域 厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「ここの耳」はこちら

社員満足度向上へ
カギはトップの「本気度」

メンタルヘルスの向上から健康経営を実現した事例として、「健康経営銘柄」(※)に制度開始から11年連続で選ばれたIT企業の取り組みを紹介します。

同社は、長時間労働の常態化が生産性低下や人材不足を招き、負のスパイラルに陥っていると考え、2011年から改革を開始。残業時間の大幅削減と有給休暇取得100%を目指しました。残業削減による社員の収入減をカバーしつつ労働の質を高めるため、削減できた残業代を社員に全額還元する仕組みを構築。一斉年休制度や会議の効率化、直行直帰の励行など次々と施策を打ちました。特筆すべきは、社長名で文書を出し、取引先やパートナー企業の理解を求めたこと。客先で仕事をする技術者を多く抱えるIT企業だからこそ、社外へ向けて経営トップの強い決意を表明しました。これにより11年度に27.8時間だった月平均残業時間は15年度には18.0時間に減少。それにもかかわらず、当時からずっと増収増益が続いています。さらに意識調査で「誇りを持って働ける」「今後も働き続けたい」といった割合が大きく上昇し、エンゲージメントが向上しました。トップが腹をくくったことで、労働時間削減と生産性向上が両立できた事例です。生き生きと働ける職場づくりという「攻め」の健康経営に挑戦する企業が増えていくことを願います。

ワーク・エンゲージメントの概念

TOPIC. 02

亘理町が県内自治体で初認定

亘理町総務課

千葉郁英 さん(右) 
大橋めぐみ さん

職員の健康は町政運営の要 保健指導の受診徹底に注力

亘理町は宮城県内の自治体として初めて「健康経営優良法人2025(大規模法人部門)」の認定を受け、2026年度も連続で認定されています。総務課の千葉郁英さんは「以前から、よりよい住民サービスのためには職員の健康増進が不可欠という思いで取り組んできました。やってきたことを客観的に評価していただき、自信が持てました」と振り返ります。

特に力を入れてきたのは、健康診断結果に基づく保健指導の徹底です。対象者を時間ごとに割り当て、庁舎内で実施することで、スムーズに指導を受けられる体制を整えました。24年度の実施率は82.8%で、宮城県市町村職員共済組合の加入団体の中で1位となりました。

職員対応専門の保健師や精神科医が心身をケア

職員の健康管理や相談対応を専門的に担う存在として、総務課に保健師(会計年度任用職員)を配置していることも大きな特色です。もともとは東日本大震災発災後に、疲弊し体調を崩す職員が増えたことへの危機感から、経験豊富な大橋めぐみさんを採用しました。大橋さんは散逸していた職員の健診カルテを整理し、一人一人の経年データを分かりやすくファイリング。これによって、より効果的な保健指導や継続的なフォローを行えるようになりました。

デスクはオープンでありながら目立たない一角で、他者の視線を気にせず気軽に立ち寄れます。大橋さんは「ささいなことも相談してもらい、心身の不調を早期にキャッチしたいです」と話します。

また、メンタルヘルス対策にも重点を置き、内科医に加え精神科医を産業医として選任しています。「面談件数は想定以上に精神科医が多く、必要性を実感しています」と千葉さん。産業医が関わることで、心の健康を個人任せにせず組織の課題として認識するようになりました。その結果、各部署で働きやすい職場づくりや、休職者が復帰しやすい受け入れ態勢づくりを積極的に進めています。

申請通して組織を俯瞰 人材確保にも一役

県内自治体初の認定を受けて、他の自治体や企業から関心が寄せられ「亘理町のPRにもつながりました」と千葉さん。庁内では職員同士が健康について情報交換したり、昼休みに一緒にウォーキングをしたりと、健康を切り口にコミュニケーションが広がっています。今後取り組んでいきたいことは、女性特有の健康課題や、仕事と育児・介護の両立支援の拡充。「優良法人の認定が町や町職員の誇りになり、さらに職場の魅力向上という視点から優れた人材の確保につながれば」と期待しています。

「健康経営優良法人の申請作業を通して自組織の強みと課題が浮き彫りになり、健康経営を多角的にとらえられるようになりました」と強調する千葉さん。「他の自治体や企業にも、まずは申請書をダウンロードし設問に目を通してほしい」と呼びかけています。

ワーク・エンゲージメントの概念

2026年7月29日付 河北新報朝刊_特集紙面 Vol.29より転載

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このページの内容は河北新報に掲載された特集紙面を一部再編集してご紹介しています。
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