短歌(1/14掲載)

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【斉藤 梢 選】


震災後つましい幸を宝とし昭和歌謡と焼芋愛す   石巻市渡波町/小林照子

【評】東日本大震災の後、価値観や考え方が変わった人、日常の生活そのものが震災前とは大きく異なってしまって苦労された人は多いだろう。その労苦と心の悲痛は、言葉では簡単には表現できないものだと思う。被災は一人一人にとって現実であった。「つましい幸を宝とし」は、生きゆくための知恵であり、作者の願いでもある。下句の具体がいい。なんだか、しみじみと心身が温かくなるよう。読者それぞれが、自分にとっての「つましい幸」とは何かを考える一首。


幾度も流した涙我の中の痛みを治す薬となりて   石巻市流留/和泉すみ子

【評】涙は薬と詠む作者。心の中にある「痛み」は、涙を流すことでわずかでも和らぎ、また生きてゆこうと立ち直す。「幾度も流した涙」は、歩んできた年月を思わせて、悲しみや苦しみや寂しさという、暮らしの中にあった真実を語る。どうしようもなくて、流した涙もあったことだろう。自力という勁(つよ)い力。詠むことで、あらためて整理して確認できる心情もある。「治す」の一語が胸に迫る。


おだやかな色に会いたし橋の上で自転車止めた冬のゆうやけ   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】冬だから、夕焼けの色を温かいと感じるのでは。作者と同じように、橋の上で自転車を止めてみたくなる。心を温める「おだやかな色」。抒情の一首であり、作者の姿が見えるよう。この瞬間、歌が生まれた。


さりげなく温かきこと言ふ人と出会ふ幸運をりふしにあり   石巻市流留/大槻洋子

【評】作者にとっての「幸運」を知る。「さりげなく」だからこそ、ありがたい。人との出会いを大切にしているからこそ気づく温かさ。感謝の気持ちも伝わる。


公園のチャイムの鳴りて去る児等の声聞き宵の星が顔出す   東松島市赤井/茄子川保弘

画像見て「絵本と同じ熊さん?」と幼児(こ)のつぶやくに婆は悲しむ   石巻市湊東/三條順子

縁側でアルバム開き懐かしみ生きてる意味の重さに感謝   石巻市西山町/藤田笑子

夕焼けて畑寒そうに冬の位置はらはら枯れ葉布団のごとし   石巻市桃生町/佐藤俊幸

北風をものともせずに漁師妻帽子目深に艫綱(ともづな)たぐる   石巻市中里/佐藤いさを

すばらしき一生難(がた)しも我なりに一日(ひとひ)は珠玉と愚直に積みぬ   石巻市開北/ゆき

時間通り走る電車に促され少しは予定ある生活を   東松島市矢本/畑中勝治

午前四時戸の隙間より灯りもれ妻は息子の弁当作る   石巻市駅前北通り/庄司邦生

老いふたり暮れる夕陽に明日願う卒寿の歳を共に数えつ   石巻市駅前北通り/津田調作

震災で亡くなりし人の顔うかび眠れぬ夜や外は木枯らし   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

首垂れ神職の祝詞聞きながら短歌会間近〆切気にせり   東松島市矢本/高平但

気がつくとかけ声かけて立ち上がる亡き母と同じとつい苦笑い   東松島市赤井/佐々木スヅ子

八十路なるわが生き様に愁ひあり遺影の母はただ笑ひをり   石巻市三ツ股/浮津文好

ウォーキング野道を今日も一時間帰ればズボンに野バラのトゲが   東松島市矢本/奥田和衛