【斉藤 梢 選】
右の手の温み伝えて種に言う君は元気だ発芽できるよ 石巻市桃生町/佐藤俊幸
【評】種と作者との会話から成る一首。一粒の種にある命に「君は元気だ発芽できるよ」と声をかける。この作品は、人間の生きてゆく源には自然というものがあることを、あらためて気づかせてくれる。種を土に蒔き、その成長を守り、収穫するまでの日々の営みへの敬意。フィンセント・ファン・ゴッホの描いた「ジャガイモを食べる人々」の手、土からジャガイモを掘った人の手を思う。作者は右の手のひらにのせて「温み伝えて」種を想う。収穫の喜びを詠む作品が多い現代短歌の世界ゆえに、この一首は深く心に残る。
静けさの中に潜って目を閉じる風の流れが聴こえてきそう 石巻市あゆみ野/日野信吾
【評】雑念を取り払い、静寂の中に身を置く時間。心の静けさを欲しての「静けさの中に潜って」だろう。「潜って」の表現が、作者の強い希求を伝えている。生きてゆくためには、時には孤である自覚が必要なのかもしれない。作者は目を閉じた時に、風の「流れ」が聴こえてきそうだと感じた。風の音ではなく「流れ」と詠む。風の気配かもしれないし、風の動きなのかも。感覚を表現しようとすることは、生を自覚すること。
病棟で明るき話題模索して笑みをうかべるすべを求めて 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
【評】悲しいこと、辛い思い、苦しい胸の裡、それらではなく「笑みをうかべるすべを求めて」と詠む作者。生きてゆくための「模索」と「笑み」。切実で懸命なこの思いは、読者の心の深いところにまで届く。
気持ちよく深呼吸して生きて見る誰のものでもないよ青空 石巻市湊東/三條順子
【評】呼吸を意識して青い空を見上げて、作者は身心に新しい風を入れて日々を生きている。下の句の「誰のものでもないよ」は、自由の歌をうたっているよう。
東京へ戻る長女に手渡すはまだ温もりあるおにぎり一個 東松島市矢本/川崎淑子
保育所のオレンジ色の制服で並んで立ってるほおずき愛らし 石巻市蛇田/菅野勇
灼熱を生きしランタナ金秋をさらに彩るしづかさ加へて 石巻市開北/ゆき
秋刀魚食(は)み昔の海を語りおれば妻との出会いもまた浮かびくる 石巻市駅前北通り/津田調作
柵越しにシャッターおせばオリーブの実は秋空の雫のようだ 石巻市流留/大槻洋子
行く道はつらい流れの川なれどよどみもあれば岸もあるはず 東松島市矢本/畑中勝治
屋根登る蔦の紅葉色まして今秋の終(つい)伝うる如し 石巻市南中里/中山くに子
友らとの想い語らう晩秋の温き陽ざしよやさしくつつむ 石巻市錦町/山内くに子
駅の中古き友見て声掛ける老いの身同士話題は体調 東松島市赤井/茄子川保弘
メモ帳に言葉集めて三冊目いつか出番のくるかもと待ち 石巻市流留/和泉すみ子
色葉散る奥の隙間に身を潜め終の栖と決め込む輩 東松島市赤井/志田正次
初船出難題積んで舵握る女船頭の力量如何に 石巻市水押/阿部磨
晩秋の霧が流るる港街赤信号のぼやけた世界 女川町旭が丘/阿部重夫
この花が好きととんぼが離れないコスモス見つつあおぐ青空 石巻市西山町/藤田笑子