【斉藤 梢 選】
珊瑚樹の萌芽のちから受け取ればひたひた胸に明日への息吹 東松島市矢本/田舎里美
【評】夏の7月から8月頃に赤い実をつける「珊瑚樹」。その赤い実を「サンゴ」に見立ててこの名が付けられた。調べてみると、萌芽力が強いとある。作者は「珊瑚樹」に勢いのある生命力を感じたのだろう。ともすれば、元気をもらうと言ってしまいがちだが「ちから」を「受け取れば」と丁寧に表現しているところが良い。春の歓びを詠む一首でもある。「珊瑚樹の萌芽のちから受け取れば胸に明日への息吹ひたひた」とする方法も。この国に巡る四季は賜物であるから、この季節でなければ詠めない歌を大切にしたい。
儘ならぬ齢に畑は狭まれど絹さやの緑春の土に映ゆ 石巻市羽黒町/松村千枝子
【評】長い冬が過ぎて、畑にも春がやって来た。狭まってしまったけれども「絹さやの緑」が美しい。その緑を愛しむように見ている作者に、これからまた土との会話が始まる。「春の土に映ゆ」は、自然の色の力強さをも表現していて、魅力的。「狭まれど」から「映ゆ」への展開が、春を生きゆく意志が作者の心にあることを伝える。
朝いまだ開かぬ桜促して風の心となりて触れたし 石巻市あゆみ野/日野信吾
【評】桜が咲くのを待つ日々の心情を詠む。「促して」という言葉選びが優れている。風にも桜の花との出合いがある。まだ咲かない清楚な桜に触れるのは「風」。人間が踏みこんではならない自然への敬意がある。
幾日も前から此の田にいたような白鷺に念ず「時を止めて」と 石巻市桃生町/けい哉
【評】田の中に立つ白鷺の存在感ある白。「幾日も前から」と、感じる作者が発した言葉の「時を止めて」。この歌の解釈はさまざまだろうが、鑑賞したい一首。
訪いみれば年輪あらわな柿と栗なつかし生家は記憶の中に 石巻市須江/須藤壽子
テレビから昔の歌が賑やかに昭和百年歌は元気だ 東松島市矢本/畑中勝治
青畳見れば大の字になりたくも体歪みて大の字乱る 石巻市門脇/佐々木一夫
湯上りの湯気に立つ新一年生のほっそり足裏(あうら)に未来がぎしり 石巻市開北/ゆき
摘み草のつくし、のかんぞうほろ苦し夕餉に春を酢味噌で和える 東松島市矢本/川崎淑子
たまほこの舗道行くときコンクリートの粒子きらきら夕日を返す 石巻市駅前北通り/庄司邦生
ラジオから流れる曲はNSP 思い出巡る夕暮れの時 女川町浦宿浜/阿部光栄
AIにも輸血しますか人並みに痛み教えて酸いも甘いも 石巻市桃生町/佐藤俊幸
米寿越え卒寿になりて今もなお畑仕事に愉しみの湧く 東松島市矢本/奥田和衛
雷雨すぎて水嵩増せる流れありなびく水草の目に沁むみどり 女川町旭が丘/阿部重夫
呼ばずとも用件言えば済むくらし最後のときになんと呼ぼうか 石巻市流留/大槻洋子
ササニシキ御馳走してきた雀らよ米高騰で粟でかんべん 東松島市赤井/佐々木スヅ子
ぽっこりの体型の猫日溜りにゆったり気分で春待ちわびる 石巻市湊東/三條順子
春が来た春が来たよとふきのとう暖かい春の味ですバッケ汁 石巻市飯野/川崎千代子