【斉藤 梢 選】
眠りより覚めてかつての枕木は木陰に茸と暮らしてをりぬ 石巻市開北/ゆき
【評】役割を終えた「枕木」に心を寄せて詠む一首。かつて線路があり、列車が走っていた場所に在る「枕木」は、使われなくなって眠りについた。けれども、その眠りから今は覚めて、ひっそりとゆったりと「茸」と語り合いながら暮らしているように、作者には思えたのだろう。花を見た時には花を、木と出合った時には木を描写することで完結する歌もあるが、この歌のように、感じたことを独創的に表す方法もある。「眠りより覚めて」は、作者でなければ描けない世界。木陰の「枕木」に会いに行きたくなる。
手を染めてこの匂い好きとフキむきし遠き日の母いまは私が 石巻市大街道/後藤美津子
【評】春、採ってきたフキの皮をむくと指先が黒くなる。旬のフキにある匂いを「好き」と言っていた母を思いながら、今は作者が母と同じようにしてフキの皮をむく。この時、ふとこの一首が生まれた。心に満ちる母への思い。「遠き日」は、いつまでも心に残って春が来るたびに「遠き日」の母の隣に作者を連れて行く。母と娘を繋ぐフキの匂い。
暗転の世界にひとり立ちたれど小さきともしび幾つもありぬ 石巻市流留/大槻洋子
【評】「暗転」の具体は示されていないけれど、作者は「暗転の世界」にひとりで立っている。でも、絶望はしていない。むしろ、その暗さの中にある「小さきともしび」が幾つも見えるのだ。自身の生き方を詠む。
真っ直ぐに伸びる舗装路の果てにして港に見ゆる黒き舷側(げんそく) 女川町旭が丘/阿部重夫
【評】「果てにして」の表現が優れている。作者の視線の先には「港」があり、描写力のある作品。結句の「黒き舷側」の存在感が一首を引き締めている。
夜の雨昼に聞こえぬ音がある静かな雨はいつも優しい 東松島市矢本/畑中勝治
迂回路の畑見るたび草だらけ老いには勝てず耕作放棄 石巻市桃生町/佐藤俊幸
思う事叶わぬこともあるけれど亡母のくちぐせ明日は晴れる 石巻市あゆみ野/日野信吾
釣り好きの亡夫が通いし砂浜で潮騒の中夫の声聞く 石巻市蛇田/櫻井節子
五月雨に早苗の葉先見え隠れ育つ健気さ我の歩を止む 東松島市矢本/門馬善道
大輪でトスカの如き情熱の色濃き薔薇のマリア・カラスや 東松島市赤井/志田正次
「君は誰」問いつつ肥料与えれば日ごと雑草(あらくさ)は風情持ちくる 東松島市矢本/田舎里美
亡き母の愛(め)でし紅バラ三代目供えて孫らの安寧願う 東松島市赤井/佐々木スヅ子
咲き初むる紫陽花の花葉にうもれ梅雨待ちいしか可憐にひそと 石巻市南中里/中山くに子
行く春に急かされ八十路鍬握る浮き世の憂さは土にとじ込め 石巻市蛇田/菅野勇
生きること生きる意味など考えてデイの送迎車にわれは乗る 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
黄金色波打つ畑風渡り園児ら麦刈る賑やかな声 東松島市赤井/茄子川保弘
どの花にも花言葉あり聞こえぬが凜と咲く花どれもが主役 石巻市西山町/藤田笑子
故郷をなくしたガザの子供らよわが身にもましてつらく悲しき 石巻市中里/のの花