「石巻かほく」12日休刊

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 12日(水)は休刊とします。10日(月)に振り替え発行しました。

三陸河北新報社

「石巻かほく」あす発行

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 あす10日(月)は振り替え発行し、12日(水)は休刊とします。

三陸河北新報社

短歌(8/9掲載)

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【斉藤 梢 選】


虫食いの大根の葉が我睨む虫に食われる痛みわかるか   石巻市桃生町/佐藤俊幸

【評】虫に食われた大根の葉に「痛みわかるか」と睨まれている作者。この一首に出合うまで「痛み」に気づくことが無かったことに、私は申し訳なく思う。大根の葉は栄養豊富なので、収穫後は葉と油揚げを炒めて食べることが多かったが、スーパーで葉つき大根を見かけることはほとんど無くなった。葉をつけたままにしておくと、大根の瑞々しさがなくなってしまうので、切り落とされて売られている。大地からの賜り物の大根の葉の声を聞き取り、心を寄せている作品。


濁点のつく鳴き声を空に散らし追ひつ追はれつ鴉飛びをり   東松島市矢本/田舎里美

【評】カラスは鳴くことによって仲間に情報を伝えると言われている。作者が聞いた鳴き声は、はたして何を伝えようとしていたのか。耳で聞いたカラスの声を言語で表現しようとして選んだ言葉の「濁点のつく鳴き声」が印象的。「空に散らし」という感覚的な捉え方もまた、その時を伝えている。「鴉」のみを詠んでいる独特な作品であり、空の広さや深さ、そして高さまでもを想像させてくれる。


樹々世界 夏は着衣で冬脱衣われには解せぬ人類との差異   石巻市わかば/千葉広弥

【評】気づきの歌。人は夏には暑さに耐えられず薄着になり、衣服を脱ぎたくもなる。しかし、樹はそうではない。4月からは「酷暑日」という用語が加わった。8月の欅の緑の濃さに人との「差異」を感じる。


あでやかに咲きしあやめの花なれば命散らさずしをれゆくなり   石巻市門脇/佐々木一夫

【評】あやめの花は舞い散らずに、静かに萎れ崩れて終焉となる。咲き盛りの短さゆえに美しい。「しをれゆく」姿への作者の情感が伝わってくる。


七月の海は静かに深緑お供えのごとくカキ殻並ぶ   石巻市流留/大槻洋子

鬼百合はその名のように力あり燃ゆる酷暑になお赤く立つ   東松島市矢本/川崎淑子

ベランダにて月の兎に聞いてみる地球はほんとに健康ですか   石巻市あゆみ野/日野信吾

自力では解決出来ぬ事に悩む我に喝入れ今日も始まる   東松島市赤井/佐々木スヅ子

海水を被(かぶ)りし椅子も部屋に居る場ちがいですがイーゼルの前   石巻市湊東/三條順子

夏の庭手入れの程を眺め見る父の姿がふと浮かぶ午後   石巻市鹿又/門間典彦

「夏ですね」鳴子こけしに父母を呼ぶキュキュと鳴らせば「転びなさんな」と   石巻市渡波町/小林照子

帰り道低空飛行の夏ツバメ車を誘導してるかのよう   石巻市水押/佐藤洋子

ポケットに義父(ちち)の相棒ハーモニカ得意気な顔で吹いて聞かせた   石巻市門脇/中沢定子

人生はいつでもどこでも登り坂気は許すなよ下り坂でも   東松島市矢本/畑中勝治

あじさいの色様々に咲く道をあの震災時愛でる気もなく   東松島市矢本/門馬善道

朝顔の夏の挨拶早々と一輪ながら暑さ知らせる   東松島市赤井/茄子川保弘

押し花の出来ばえどの花くらべっこ額に飾ればプロの押し花   石巻市西山町/藤田笑子

風もなくおだやかな日が暮れんとす西瓜の花の黄が咲き出した   石巻市高木/鶴岡敏子


川柳(8/9掲載)

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【水戸 一志 選】


蓮の葉で雨粒転げゲートボール   石巻市清水町/日陰のわらび

【評】水面に広がったハスの葉を銀色の雨粒が転がる。ちょうど今頃の光景だが、不規則な動きをとらえ、ゲートボールに結びつけた発見が秀逸。ものの見方は一つではない。何にでも通じる格言は、川柳でも原点。とは言え、ハスの花名所の大雨が心配だ。


高市さん国会嫌いありえない   石巻市向陽町/佐藤功

夏休み子どもはどこで遊んでる   石巻市蛇田/大山美耶紀

西瓜の種皿に並べて花火かな   石巻市西山町/藤田笑子

物忘れ自分で気付く初期のころ   多賀城市城南/木村光雄

探しもの見つけたときは買った後   石巻市広渕/きよし

白黒の袋でいいよ中同じ   女川町浦宿浜/阿部光栄

へそくりも繰り入れします家計簿へ   石巻市鹿又/角張のり子


コラム: 川開き考

 7月31日、8月1日、2日の3日間はわが石巻の年の一度の祭り、川開きです。幼い頃から親しみを込めて「川開き」と呼んでいますが、川を開くことがどうしてお祭りになるのか不思議です。

 英文の解説には次のように書かれています。

 "Kawabiraki" means to open a river. Historically, the Ishinomaki Kawabiraki Festival began as a festival expressing gratitude to the military commander who excavated the Kitakami River.

 「川開き」は「川を開く」という意味です。歴史上、石巻の川開きは北上川を切り開いた武士の棟りょうへの感謝の気持ちを込めたのが始まりです。

 In the aftermath of the 2011 earthquake and tsunami, the festival transformed into a celebration of the city's history and itsongoing recovery efforts.

 2011年の地震と津波の後、祭りはこの町の歴史と復興のシンボルとして続けられ今日に至っています。

 私は住吉の「川っぷち」の長屋で生まれました。「カワビラキ」は年中行事で最大のお祭り。遠く北の方の親戚が泊まりに来たのを記憶しています。北上川の土手にムシロを敷き、花火を眺めたのを昨日の事のように記憶しています。

 「川開き」は私にとって「お祭り」と同意語と言えます。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)


俳句(8/2掲載)

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【石母田 星人 選】


老い二人昔を啜るところてん   石巻市門脇/佐々木一夫

【評】きっと夫婦だろう。一緒に卓を囲んでいる。「昔を啜(すす)る」の表現が巧み。ところてんの味覚だけでなく、二人で共有した青春の記憶をも味わっている。


海開き真砂けちらし一斉に   東松島市あおい/大江和子

【評】神事や安全祈願の後、若者や子どもが一斉に駆け出した。波音に負けないほどの歓声も聞こえる。「真砂けちらし」には、夏本番の躍動感が乗る。


重たきを何やら持つや梅雨の蝶   石巻市丸井戸/水上孝子

【評】その蝶を見たのは、重い雲が切れたわずかな晴れ間。軽やかな春の蝶とは違い、息切れするように飛んでいた。軽重、大小、明暗の対比で構成した句。


此処からは北上山地青田波   多賀城市八幡/佐藤久嘉

街灯り透かし雲海のぼりくる   石巻市流留/大槻洋子

仮面ライダー濡れて梅雨寒の街   石巻市桃生町/西條弘子

眼底のなかをひたひた銀河ゆく   石巻市駅前北通り/小野正雄

終戦忌予定なき日のカレンダー   松島町磯崎/佐々木清司

滝行の白装束の手の震え   石巻市元倉/小山英智

原子炉の建屋に日差しつばくらめ   石巻市蛇田/石の森市朗

夏の海にぎわい消えて幾年ぞ   石巻市流留/和泉すみ子

帰省子を祖父母の遺影じっと視る   石巻市新館/高橋豊

夏茜地蔵の肩で眠りをる   石巻市向陽町/大渡清

海鞘むけば億年の海の宝物   石巻市駅前北通り/津田調作

遠花火ぼんやり無地の思考かな   石巻市桃生町/佐藤俊幸

油蟬忘れ上手となりて老ゆ   石巻市渡波町/小林照子

青葉濃しメタセコイアの並木道   東松島市赤井/志田正次

山帽子花の重さにしなる枝   石巻市二子/小松道男

清流の小川に咲きし苔の花   石巻市小船越/芳賀正利

若葉風古農具並べカフェオープン   石巻市開北/ゆき

駐車する庭の四台梅雨の月   石巻市中里/川下光子

老鴬の少しつかへるところあり   石巻市広渕/鹿野勝幸

猛者集うパークゴルフや雲の峰   石巻市湊/斎田流雲

梅漬や年を重ねて綾をなす   石巻市水押/阿部磨

四角窓夏雲のぞくヘアサロン   塩釜市新浜町/佐々木夏子


川柳(8/2掲載)

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【水戸 一志 選】


老人力増して米寿がやって来た   石巻市蛇田/鈴木醉蝶

【評】老人力という流行語が登場したのは約30年前。高齢化時代の始まりで、ある作家が、ぼけ、もうろくを「老人力がついた」とプラス思考のユーモアで言い換えた。だから、「まだまだ元気な老人」に使うのは誤用。さて、米寿のこの方はどっちだろう。


チコちゃんに叱ってほしいトランプを   石巻市蛇田/源一郎

店先の桃の香嗅いで値段見る   石巻市日和が丘/千葉レイ

日の本のカタカナ語には首ひねる   石巻市桃生町/若山千賀子

保冷剤首に巻き付け自己防衛   東松島市矢本/菅原京子

梅雨空を蹴とばし叫ぶ甲子園   石巻市蛇田/喜寿郎

皇族の血が足りなくてする輸血   石巻市あゆみ野/日野信吾

金出せば議長になれる県もある   石巻市蛇田/菅野勇


短歌(7/26掲載)

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【斉藤 梢 選】


耳元にナズナをふればかすかなる記憶からめて音もかすかに   石巻市流留/大槻洋子

【評】薺(なずな)はぺんぺん草とも呼ばれ、春の七草のひとつ。昔々は、茎を持って振ると実と実がふれあって小さな音がするので、子供のおもちゃにもなったという。「耳元」にナズナを近づけて振っている作者に、甦る音の記憶。遠い日の音と、今の音が重なって作者を追憶の世界へと導いてゆく。その感覚を「記憶からめて」と表現したところが優れている。この一首の中には、長い時間がかすかに流れていて、短歌という小さな詩型が、一個人の生の歴史をこんなにも悠然と受け容れてくれていることを、改めて知る。


年月が過ぎれば風にほどけたり長らく疎遠の友と語らふ   東松島市矢本/田舎里美

【評】作者と友の間には、おそらく「疎遠」にならざるを得ない事があったのだろう。そして、お互いに歳を重ねることにより、その蟠(わだかま)りが解けて語り合うことができたと詠む。年月が経つほどに、鮮明になる事と、次第に薄れてゆく事がある。心がほどけてゆくとせずに「風にほどけたり」という言葉を選んだことで、情感のある上の句になったと思う。


幼児(こ)の泣き声遠くに聞こえ耳澄ます静かな地区にふくらむ希望   石巻市不動町/新沼勝夫

【評】作者にとっては嬉しく思われる幼児の泣き声。少子化が進むことへの危惧をも含むこの作品。作者の心情が「耳澄ます」でよくわかる。これから成長していく命は「地区」にとっての「希望」。


死亡欄同じ年頃並びおり余生如何にと生き様思案す   石巻市蛇田/菅野勇

【評】お悔やみ欄、死亡広告を見て、自分と同じ年齢が並んでいることが「思案す」の結句を生む。「余生」という言葉が、この時の作者の切実な真意。


短歌(うた)呼べば妻との思い出走り来る夏の夕べの朝顔の花   石巻市駅前北通り/津田調作

スプーンに掬えばメロン欠ける月 貪(むさぼ)るほどに夜は更けゆく   石巻市二子/小松道男

シャクヤクの淡きももいろこの雨にしわりしわりと泣きべそを見す   石巻市開北/ゆき

食品税一パーセントは最新の話題となりて世を駆け抜ける   石巻市南中里/中山くに子

合理化の遠い畑にも心遣る汗は流れる俺は生きてる   石巻市桃生町/佐藤俊幸

言われると心にパッと花ひらく「ありがとう」って不思議な言葉   石巻市あゆみ野/日野信吾

夕月が昇りはじめて低い空ゆっくりでいい夜はこれから   東松島市矢本/畑中勝治

土手の脇いにしえの板碑数基立つ一礼をしてそっと去るわれ   石巻市鹿又/門間典彦

目を病みしかの日のきみを思ふとき瞳にしむるミモザの光   石巻市駅前北通り/小野正雄

この浴衣「好(しゅ)き」と言うかなひい孫の選ぶ手元が楽しく踊る   石巻市蛇田/櫻井節子

散歩道ビションフリーゼ会うたびに重ね合わせる庭のアナベル   東松島市赤井/志田正次

ためらいを含んで泡が揺れているソーダー水は青春の泡   石巻市渡波町/小林照子

泣き虫の雨とあじさいコラボして傘差してまでこの場離れず   石巻市西山町/藤田笑子

靴底を突くような芝心地良し歩く歓びに足軽くなり   東松島市赤井/茄子川保弘


川柳(7/26掲載)

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【水戸 一志 選】


賢治泣く猛暑長雨エルニーニョ   石巻市開北/安住和利

【評】宮沢賢治の「雨ニモマケズ」は死後、手帳のメモから見つかった。「雪ニモ夏ノ暑サニモマケズ」と農に生きる姿勢を綴って、「サウイフモノニワタシハナリタイ」と願っていた。当時、酷暑や線状降水帯といった言葉はもちろんない。しかし、通じるものはある。


イヤはイヤごねる子どもに菓子与え   石巻市三ツ股/木村タツ子

薬局に頑固を治すくすり無し   登米市津山町柳津/亀井繁次

胸痛むさい銭泥の映像に   石巻市蛇田/福田敏和

園児帽いろいろ咲いて紫陽花や   石巻市清水町/日陰のわらび

夏つばめUターン禁止違反する   石巻市向陽町/大渡清

蜘蛛たちが何かを悟り巣を低く   石巻市水押/阿部磨

ホルムズを埋めてしまえと言う人も   東松島市赤井/佐々木スヅ子


コラム: バーバーショップ

 お金はあまり使わないで楽しみにしている事が一つあります。床屋に行くことです。一回3000円。整髪して、顔の毛をそって、シャンプーで洗ってもらう。全部で2時間足らず。

 床屋は理髪店が正式名称ですが、英語では barber shop (バーバーショップ)あるいは barber's 。「野蛮な」「野蛮人」などという barber という言葉から派生したようです。

 「床屋(とこや)」と呼ばれるようになった最大の理由は次のようなものです。

 「江戸時代に営業していた仮設の店舗である『髪結床(かみゆいどこ)』に由来する...」

 当時、髪結い職人たちは橋のたもとや盛り場に板や竹を組んだ簡易な作業台・敷物(=「床(とこ)」)を置き、屋台のような営業をしていました。この場所が「髪結床」と呼ばれていたことから、いつしか職人たちのことも「床屋」と呼ぶようになったとされています。面白いですね。

 理髪店より床屋の方が親しみやすい響きがあるようですが、皆さんはどのように思われますか?

 冒頭で述べた私の行きつけの barber shop の御主人が小学からの親しい同級生ということもあり、お金を払って頭を奇麗にしてもらうのは私にとってまさに「一石二鳥」と言えます。床屋に行くのは私には何よりの楽しみになっています。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)