投稿より 「春を待ちながら」

 福寿草が芽吹き始める頃になると、枯れ草の間に茶色のとんがりを探していた夫の姿が目に浮かぶ。冬は苦手な季節だったから、無事に冬を越した証しが欲しかったのかも知れない。

 腎不全と診断され、1日おきの透析を続けて31年目の早春、67歳で不帰の客となった。「与えられた環境で精いっぱい」を口癖に、夫なりに生ききったのだと思いたい。

 「試練の年」として脳裏にあるのは、透析開始3年目の冬。高熱と消化管からの出血が続き、100人を超える人々の輸血をうけた。「覚悟も必要」と言われながら受けた手術のおかげで命は取り留めたものの、体中点滴のチューブや管がつながり、昼夜の別なくやり場のない状態が続いた。

 ある夜、一晩だけでも気持ちよく眠らせたいとの思いから、体中のチューブを外してほしいと懇願した。若い主治医は困惑しながらも、朝になったらまた元に戻すこと、点滴を1本だけ残すことを条件に聞き入れてくれた。腰の下にそっと手を入れると心なしか寝息が聞こえてきたような安堵(あんど)感を覚え、私もそのまま眠ってしまった。

 夫と看護師さんの会話に驚いて目が覚めた。生死の境を彷徨(さまよ)っていた体験を話していたという。「洞窟みたいな所でお経を唱えている人たちがいた。俺はもう死んでいるのか?と聞いても返事はない。しばらくするとどこからか日が差してきて、看護師さんの姿が見えた」と。

 奇跡だとは思わない。「生きようとする力」を、多くの愛が支えてくれたのだと思った。医師、看護師、教師だった夫の同僚、生徒、卒業生、親戚、そして3人の娘たちとその世話をしてくれた両親や妹たち。

 夫から託された「ありがとう」をたくさんの人に伝えてから、隣の席に行きたいと思っている。

(阿部和枝 76歳 キルト教室講師 石巻市渡波)

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