短歌(5/25掲載)

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【斉藤 梢 選】


手の平に種はころげてはしゃぎおり発芽よろしく声掛け下ろす   石巻市桃生町/佐藤俊幸

【評】種を蒔くことは、春のよろこびの一つだろう。作者は手の平に種をのせて、その小さな命に「発芽よろしく」と話しかける。農耕を詠む歌が少なくなっている現代において、このような純朴な<農の歌>は貴重だと思う。一粒の種の大切さを知る作者だからこそ、種もまた春を待っていたかのように「ころげてはしゃぎおり」と、表現できたのでは。蒔く、植えると詠まずに「下ろす」としたところも優れている。この種が発芽した時の様子を詠む一首にも出合いたい。


わたくしの息する空間奪われる五月わかばの伸びる勢い   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】五月の若葉の勢いを、どう表現したらいいのだろう。青葉になる前の若葉が、空という空間を埋めてゆく日々。木は季節をちゃんと知っていて、懸命に春を謳う。作者は「わたくしの息する空間奪われる」という自覚で「伸びる勢い」を表現する。若葉の群れに圧倒されて息苦しくなりながら、その生命力を真摯に感じ取っているのだろう。五月の樹木へのオマージュでもあり、作者ならではの心象詠でもある一首。


見はるかす空を映せる水張田(みはりだ)は春たけなわのパッチワークなす   東松島市矢本/田舎里美

【評】「見はるかす」田に水が張られていて、その水に空が映っていることに気付く作者。いくつもの田のそれぞれに春を感じ得たことで生まれた「パッチワークなす」。結句のこの捉え方が独自でたのしい。


小雨ふる木下(こした)に咲くは二輪草しずくの玉を見せ合うように   東松島市矢本/川崎淑子

【評】二輪の花が寄り添うように咲く「二輪草」。小雨に濡れてひっそりと咲いている姿に、心を寄せて詠む。「見せ合うように」という感受に、優しさがある。


雨風に堪えて咲き増す桜あり老いの輝き写す如くに   石巻市駅前北通り/津田調作

雨上がりばらの新芽に露宿り棘赤々と命みなぎる   石巻市門脇/佐々木一夫

もえ残る夕日みつめて病室で今は静かにあしたを待とう   石巻市流留/和泉すみ子

いたわられ逆転したる我となり子のあとにつきファミレスを出る   石巻市流留/大槻洋子

若者の力あふるる歌の声ラジオより跳び朝が始まる   石巻市開北/ゆき

イヌフグリ地面いっぱい咲きており桜ひらひら紫の海へ   東松島市矢本/畑中勝治

ひと時の午睡の夢に亡き友がクラブ携え我を誘えり   石巻市蛇田/菅野勇

不機嫌な夫の言葉にきずつくも楽しきことを模索する日々   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

風孕むこいのぼりこそうらやまし病後の我を風通りすぐ   東松島市矢本/門馬善道

そよ風にさくら花びらちらちらと散り敷くうえを人の踏みゆく   石巻市駅前北通り/庄司邦生

バブル時の高価なスーツ百円の値をつけられてしょんぼり売られる   東松島市赤井/佐々木スヅ子

束の間の宴の後に雨続き桜も散るや山霞むなり   東松島市赤井/茄子川保弘

そよそよとシロツメ草が風に揺れあった見つけた四つ葉のクローバー   石巻市西山町/藤田笑子

天気よし散歩コースを変えてみるつくしいっぱい田んぼの小道に   石巻市高木/鶴岡敏子