【斉藤 梢 選】
手の平に種はころげてはしゃぎおり発芽よろしく声掛け下ろす 石巻市桃生町/佐藤俊幸
【評】種を蒔くことは、春のよろこびの一つだろう。作者は手の平に種をのせて、その小さな命に「発芽よろしく」と話しかける。農耕を詠む歌が少なくなっている現代において、このような純朴な<農の歌>は貴重だと思う。一粒の種の大切さを知る作者だからこそ、種もまた春を待っていたかのように「ころげてはしゃぎおり」と、表現できたのでは。蒔く、植えると詠まずに「下ろす」としたところも優れている。この種が発芽した時の様子を詠む一首にも出合いたい。
わたくしの息する空間奪われる五月わかばの伸びる勢い 石巻市あゆみ野/日野信吾
【評】五月の若葉の勢いを、どう表現したらいいのだろう。青葉になる前の若葉が、空という空間を埋めてゆく日々。木は季節をちゃんと知っていて、懸命に春を謳う。作者は「わたくしの息する空間奪われる」という自覚で「伸びる勢い」を表現する。若葉の群れに圧倒されて息苦しくなりながら、その生命力を真摯に感じ取っているのだろう。五月の樹木へのオマージュでもあり、作者ならではの心象詠でもある一首。
見はるかす空を映せる水張田(みはりだ)は春たけなわのパッチワークなす 東松島市矢本/田舎里美
【評】「見はるかす」田に水が張られていて、その水に空が映っていることに気付く作者。いくつもの田のそれぞれに春を感じ得たことで生まれた「パッチワークなす」。結句のこの捉え方が独自でたのしい。
小雨ふる木下(こした)に咲くは二輪草しずくの玉を見せ合うように 東松島市矢本/川崎淑子
【評】二輪の花が寄り添うように咲く「二輪草」。小雨に濡れてひっそりと咲いている姿に、心を寄せて詠む。「見せ合うように」という感受に、優しさがある。
雨風に堪えて咲き増す桜あり老いの輝き写す如くに 石巻市駅前北通り/津田調作
雨上がりばらの新芽に露宿り棘赤々と命みなぎる 石巻市門脇/佐々木一夫
もえ残る夕日みつめて病室で今は静かにあしたを待とう 石巻市流留/和泉すみ子
いたわられ逆転したる我となり子のあとにつきファミレスを出る 石巻市流留/大槻洋子
若者の力あふるる歌の声ラジオより跳び朝が始まる 石巻市開北/ゆき
イヌフグリ地面いっぱい咲きており桜ひらひら紫の海へ 東松島市矢本/畑中勝治
ひと時の午睡の夢に亡き友がクラブ携え我を誘えり 石巻市蛇田/菅野勇
不機嫌な夫の言葉にきずつくも楽しきことを模索する日々 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
風孕むこいのぼりこそうらやまし病後の我を風通りすぐ 東松島市矢本/門馬善道
そよ風にさくら花びらちらちらと散り敷くうえを人の踏みゆく 石巻市駅前北通り/庄司邦生
バブル時の高価なスーツ百円の値をつけられてしょんぼり売られる 東松島市赤井/佐々木スヅ子
束の間の宴の後に雨続き桜も散るや山霞むなり 東松島市赤井/茄子川保弘
そよそよとシロツメ草が風に揺れあった見つけた四つ葉のクローバー 石巻市西山町/藤田笑子
天気よし散歩コースを変えてみるつくしいっぱい田んぼの小道に 石巻市高木/鶴岡敏子