短歌(6/8掲載)

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【斉藤 梢 選】


朝散歩ひきよせられて藤の下 肌まで染まるうす紫に   石巻市南中里/中山くに子

【評】藤の花はとても魅力的。その花房が風に揺れて、その風そのものが花の芳香のように感じられて趣がある。作者は、朝の散歩の途中「ひきよせられて」藤の花に近づく。この時の心情表現がとても自然で、花房の美しさを伝えている。日々の暮らしの中での花とのこのような一期一会は、かけがえのないものだろう。季節を知って咲く花に、私達は時として生きる力をいただく。下の句の「肌まで染まる」という感じ方が良い。「美しい」という言葉を使わずに、藤の花の姿を詠んでいる一首。「うす紫」に心も染まったのでは。


雨の音は言の葉よりも雄弁で耳をすませばああ初夏のうた   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】人間が発する言葉よりも、雨の音のほうが雄弁であると思う感性を持ち得ている作者。四季の移り変わりを実感できたら、それだけでも心は豊かだ。感覚や感情を言葉で表現する時に、本当にその言葉が的確なのだろうかと思うことがある。雨の音が「初夏のうた」に聞こえる瞬間、心の中の何かがまた新しくなるのかもしれない。「初夏のうた」の音階を想像する。


子らの飢餓絶望の瞳(め)のニュース後は大食い番組すぐテレビ消す   東松島市赤井/佐々木スヅ子

【評】「すぐテレビ消す」は憤りの行為。飢えに苦しむ子らの「絶望の瞳のニュース」に心が痛む。「すぐ」という言葉に、作者のいたたまれない心情が表れている。この現状について考えたいと思う。


気付かずに素手のままなる畑仕事心地よきなり黒き手を見る   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】長い冬が過ぎ、ようやく畑仕事ができる季節になった。そのよろこびが一首に満ちる。「黒き手を見る」という表現が優れている。土と交歓する春。


雪解けの水を迎える水芭蕉郭公の声白樺揺する   東松島市赤井/茄子川保弘

太陽が背中ぽかぽか暖めて庭の手入れもひときわ楽し   石巻市西山町/藤田笑子

苦しみを解かれし人とほんのりとぬくいポテサラにいやされる吾   石巻市流留/大槻洋子

米騒動未解決なり水田(みずた)には早苗植えらる悩ましき春   東松島市矢本/川崎淑子

偶然ではないはず今日の幸せは時間をかけて蒔いた種かも   東松島市矢本/畑中勝治

ヤドカリの抜け殻ひとつ野蒜浜公営住宅いくつか建ちて   多賀城市八幡/佐藤久嘉

決まりごと守らぬ輩多くいてゴミ当番の憂鬱な朝   東松島市赤井/志田正次

初夏の風に揺られ鈴蘭花をつけ小さな幸のプレゼンターに   石巻市不動町/新沼勝夫

介護ロボ強い味方と言われても高嶺の花のカタログばかり   石巻市桃生町/佐藤俊幸

どんな人何を考え生きてるのセルフアナリシスを鳶に依頼する   石巻市蛇田/櫻井節子

五月空晴れて嬉しや孫家族曽孫の笑顔置いて行きたり   石巻市駅前北通り/津田調作

国敗れ戦中、戦後を話す今たらちねの母すでに百歳   東松島市矢本/門馬善道

このごろの歌は暗くて悲しくて立ち直りたくふんばるわが日々   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

青空の航跡北へのびてゆく思い出残るライラックの地へ   東松島市矢本/門間淳子