【斉藤 梢 選】
パックとて麦茶香りて祖父祖母のおもざしとやかん琥珀に透ける 石巻市開北/ゆき
【評】夏の歌。昭和の時代、各家庭での麦茶作りは夏の厨仕事の一つだった。種類の豊富な冷たい飲み物が買える現代ではあるが、昔はやかんで煮出して麦茶を作っていた。<麦茶パック>で作る時にもあの独特の香りがして、作者は杳(とお)い夏の日を思い出す。「祖父祖母のおもざしとやかん」が心の印画紙に映し出されるかのように見える。この一首は感覚的に捉えた結句が独特。「思い出しおり」とか「われの記憶に」の表現にせずに「琥珀に透ける」としたところが優れている。
食事すみ親子で薬のむなんて今更に子の齢を知りぬ 石巻市羽黒町/松村千枝子
【評】長い年月を生きてきたと思う作者が、わが子もまた歳を重ねて今に至るのだと気づく。食後にそれぞれの薬を飲みながら、あらためて知る「子の齢」。日常生活の中での気持ちの揺れの「親子で薬のむなんて」。この二句、三句の口語調の実感をともなう表現がいい。文語調のみで構成されている一首と、口語調をあえて加える一首とでは、印象が違うと思う。
今日もまた自分に向き合い短歌詠む本音吐露して心洗わる 石巻市あゆみ野/日野信吾
【評】かつて、与謝野晶子は「まことの心をうたはぬ歌に、何のねうちか候べき」と記した。声に出して言うことのない本音をも、短歌という定型の器は受けとめてくれる。「自分に向き合い」という姿勢をつらぬいているからこその「心洗わる」だろう。
引き揚げの地獄知ってる我なれば終戦の記事読まずにとばす 東松島市赤井/佐々木スヅ子
【評】戦後80年のこの8月。<戦争の真実>を語り継がなければという記事が多かった。下の句で、作者は本心をあえて言う。それほどの「地獄」だったのだ。
古古米に力もらって古古の種少し多めに畑に下ろす 石巻市桃生町/佐藤俊幸
「なかよし」の題名で描くぬいぐるみ娘(こ)らのぬくもり染みつきし色 石巻市湊東/三條順子
予科練に兄を送りしあの日思い黙禱ささぐる追悼式に 石巻市南中里/中山くに子
朝顔の蔓は枝と枝結びおり庭木に架かる虫達の道 東松島市赤井/茄子川保弘
あの時のB29の空襲で田圃に大きい爆弾の穴 東松島市矢本/奥田和衛
生きものの生きる運命を想いいる昭和の戦争(いくさ)かえりみながら 石巻市駅前北通り/津田調作
日が落ちて暗くなりゆく空みつめただありがとうを一言だけど 東松島市矢本/畑中勝治
葦原の一面の生の輝きよ風にざわめき風を惑わす 東松島市矢本/田舎里美
来たる盆戸惑いいるか母の霊 震災知らず移転地知らず 東松島市矢本/門馬善道
彫刻の朝顔管に花が咲くわがサクソホンに息吹きこめば 東松島市赤井/志田正次
あじさいの剪定息子にしてもらい来年またねと葉っぱを撫でる 石巻市西山町/藤田笑子
一歳児餅を背負いて二、三歩を二十年後は老人背負うか 石巻市蛇田/菅野勇
八十路坂戦後の苦難乗り越えて平成令和生きる喜び 石巻市不動町/新沼勝夫
たちあおい遠い夏の日よみがえるひまわりと同じ見上げし花なり 石巻市大街道南/後藤美津子