短歌(5/3掲載)

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【斉藤 梢 選】


七回忌過ぎての春に母偲び何処ぞに連れて花見に行かむ   東松島市矢本/川崎淑子

【評】大切な人を亡くして年月が経つほどに、おぼろげになる記憶と、いよいよ鮮明になる記憶がある。作者にとっては、遠き日に、母とした花見は懐かしくて恋しい。「七回忌」が過ぎてのこの春、心の中ではいつも一緒にいる母と花見に行こうかと思う。この悲しいけれど温かい、切ないけれど優しい心情は、たぶん人工知能(AI)には詠めないのではと。桜を描写した歌はたくさんあるが、花を見ることで自身の情感が心の奥から引き出される歌も多い。生きているからこそ出合える桜。毎年一首だけでも詠みたいと願う。


ガーベラの花びらちぎり占って花、花、花と心のせんたく   石巻市西山町/藤田笑子

【評】作者がしているのは<花占い>。どうしても迷いが心に付きまとう時、どちらかに決めかねる時、花にその選択を託す。少女の頃の恋占いはもう、杳(とお)くて淡い。「花、花、花と」の表現が映像を見ているようでリアルだ。もちろん、願いを込めてちぎってゆくのだから「せんたく」は「選択」だろうが「洗濯」としても読める。無心のひとときなのかもしれない。


母縫うたお守り我の身に付けて越えた荒海 月日幾年   石巻市水押/阿部磨

【評】母の手縫いのお守りがあったからこそ、荒海を幾度も越えることができたという真実が伝わる。過去を振り返りつつ、母の気持ちが今も作者の心に深く沁みわたるから覚えている「身に付けて」の感触。


四月初旬夏のきざしのあると思う今年も四季がおびやかさるるか   石巻市南中里/中山くに子

【評】四月の初旬なのに、もう「夏のきざし」を感じる作者。日本の四季が「おびやかさるるか」と詠まずにはいられない。「今年も」の「も」に同感する。


晴れの日に草のスキマにつくしんぼここで生きるぞ覚悟が見える   石巻市桃生町/佐藤俊幸

春風に心委ねてのんびりとゴールわからぬ楽しみもあり   東松島市矢本/畑山真弓

もう一度かがやいてみたいあおあおと水菜茹でつつ老いの戯言   石巻市あゆみ野/日野信吾

こぼれ種ここで生きると決めたのか今年もふえて山すみれ咲く   石巻市流留/大槻洋子

工場の煙は真上に立ち昇り霞む港に汽笛の木霊   東松島市赤井/茄子川保弘

似たくない超えたいけれどどうしても父の轍にまたもや嵌る   多賀城市八幡/佐藤久嘉

散歩道菜花、タンポポみな黄色更には黄蝶 春のマジック   石巻市鹿又/門間典彦

満開に風もなしやの庭桜小鳥と見入るもも色の朝   石巻市湊東/三條順子

強い風帽子飛ばされ大あわて春は何でも今年一番   東松島市矢本/畑中勝治

病む友のメールとぎれて一か月今届けたい桜便りを   石巻市流留/和泉すみ子

病院でやさしく手を添え支えらるやっぱり老婆としぶしぶ自覚   東松島市赤井/佐々木スヅ子

「新」の字が眩しく映える卯月かな老いも敗けじと心新たに   石巻市不動町/新沼勝夫

晴れの日に玄関開ければ鶯の声高らかに新期スタート   石巻市須江/遠藤由美子

ここかしこ小川のせせらぎ音ませど春ちょい待ちの蔵王連峰   石巻市わかば/千葉広弥