短歌(6/14掲載)

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【斉藤 梢 選】


ときに花はわたくしよりも強烈な言葉を持ちて道端に咲く   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】短歌は一行の作者だけが歩みゆく道。その道の入り口が初句。この作品の「ときに花は」という始めの一歩が独特だと思う。道端に咲く花を見た時の印象を「わたくしよりも強烈な言葉を持ちて」と表現する作者は、花から何かを受け取っているのだろう。その何かは「強烈な言葉」。物言わぬ植物が発するものに、人は心を動かされる。「道端」で生きている花の姿そのものが∧唯一の命∨で、その命は勁(つよ)い。そして、この作品で一番に表したかったのは「わたくしよりも」かもしれない。


情け無や歳に負けてのペンの先短歌(うた)にもならぬ愚知ばかりなり   石巻市駅前北通り/津田調作

【評】「書く」という言葉をあえて使わずに「ペンの先」としたところに「歳に負けて」と言いながらも、その現実への抵抗があるのだと読みたい。詠むことは自身の心と向き合うことでもあるので、気が付くと定型の中が「愚知ばかり」のこともある。とても率直に老いと向き合う姿を詠んでいて、AIには、おそらく表現できない∧人間味∨がある一首。


遅寝して早起きをして暮らす日々余りの時間(とき)がいとおしすぎて   石巻市大森/木村友子

【評】下の句の「余りの時間がいとおしすぎて」には、切ないけれども温かい心情が滲む。歳を重ねてゆくと「余りの時間」を誰もが意識する。だからこその一首。日々を大切にして生きようとしている純朴さがある。


天泣か静かにしとしと降っている諍い絶えぬこの世憂うか   東松島市矢本/畑中勝治

【評】この世で起きている数えきれない「諍い」、他国での戦闘。作者の憂いが「天泣」という一語で表現されているところが優れている。「中国に兵なりし日の五ケ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ」と宮柊二は詠んだ。


若き日のあの日あの時あの友の想い溢れる訃報のハガキ   東松島市赤井/佐々木スヅ子

剪定をのがれし若枝(え)はこの皐月緑ほこりて雲つかまんとす   石巻市開北/ゆき

タワシ手に力を入れて鍋磨く腹立つことに我は正直   石巻市湊東/三條順子

広き田の更に向こうの田植機はAI搭載無人なるかな   東松島市矢本/門馬善道

ひらがなをほぐしたやうな春の風なでしこと紫蘭ともに和らぐ   東松島市矢本/田舎里美

聖五月みどりの風のただ中に我が身さらして浄めるごとく   東松島市矢本/川崎淑子

薫風に今年限りの校旗ゆれジンタの響きにかすむ学舎よ   石巻市須江/須藤壽子

動かされ流されもする雲たちを眺めて決める種まく時を   石巻市桃生町/佐藤俊幸

雨の朝濡れるツツジの鮮やかさ汚れ落として花は輝く   東松島市赤井/茄子川保弘

タラの芽はお裾分けした隣家から天ぷらになりてUターンする   石巻市不動町/新沼勝夫

クラーベの刻むリズムに胸躍る我に無縁の裏拍の機微   東松島市赤井/志田正次

がんばれとたった二本のコスモスが無言で話す無言の会話   石巻市西山町/藤田笑子

新聞の投稿欄に名を探すドキドキのわれ日曜の朝   女川町浦宿浜/阿部光栄

友からの絵手紙の花添えし文字小さな幸を見つけ老いましょう   石巻市渡波町/小林照子