短歌(6/28掲載)

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【斉藤 梢 選】


病得て自分探しのペンよりも闘う身体(からだ)に答をもらう   石巻市開北/ゆき

【評】心を見つめ、心を探り、心を知るためにペンを持って言葉を書いて詠んできたのだろう作者は。私たちは、常に精神と身体の状態を、見えない天秤の上に乗せて日々を過ごしている。初句の「病得て」は、今までとは違う自分を自覚しての「得て」だろう。生きるために身体が闘っている実感が作者にはある。病はさまざまなことを奪い、そして選択させる。しかし、病から学ぶことも多い。「闘う」の言葉を選んだことが、自分への問いの「答」なのかもしれないと思う。快復を願う。


雪原を一人歩けば大空の黒き鳥さえ親しきものに   石巻市流留/大槻洋子

【評】大空を飛ぶ黒い一点の「鳥」。白い雪原を一人で歩いていると、淋しさが湧いてくる。「雪原」であるから、道は無いのか、それとも歩くことで道ができるのか。作者の視線は足元と「大空」に向けられて、おそらくそれを繰り返しているのだろう。心象風景の「雪原」とも読める。「黒き鳥さえ」の「さえ」が、心情を伝えて、孤高であることの清らかさも見えてくる一首。


かき混ぜるほどに仲良くなる納豆親しき友のこと偲びつつ   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】上の句から下の句への飛躍に味わいがある。混ぜるほどに「仲良くなる」納豆。友とも親しくなるまでには、心の交流が何度もあったはずで、時には距離を置いたことも。「偲びつつ」であり「思いつつ」ではない。切なくて涙目になりながら、かき混ぜている作者かも。


自分などいようがいまいが差異はなしそれでも生きる意義探す旅   東松島市矢本/畑山真弓

【評】「生きる意義」を探しているひたむきさが伝わってくる。「差異はなし」ときっぱりと言い「それでも」と前を向く。詠むことで、自分と向き合う作者がいる。


つなみ来し我が家の庭に居る君は生きる強さの語りべ桜   石巻市湊東/三條順子

閉じこめた袋開ければ赤蕗は野生の息を厨に噴きぬ   東松島市矢本/田舎里美

雨の日は肉じゃが恋し母恋しゴロゴロ芋が行ったり来たり   石巻市西山町/藤田笑子

朝の田に青鷺一羽立つを見る群れない姿我に重ねる   石巻市鹿又/門間典彦

身の異状伝える言葉種々あれど医師に伝わる言葉に悩む   石巻市羽黒町/松村千枝子

「あゝ無情」短歌を呼べば過去ばかり明日の夜明けを祈りて眠る   石巻市駅前北通り/津田調作

息子(こ)とくらし「ただいま」の声に「おかえり」と答える日々にとけてゆく過去   石巻市流留/和泉すみ子

気高くも狂喜と弱さが鬩(せめ)ぎ合う孤高の吉田鋼太郎「リア王」   東松島市赤井/志田正次

妹の遺したラベンダー十五年経つも我が家の庭で生きをり   女川町浦宿浜/阿部光栄

木漏れ日に包まれながら散歩する犬にも人にもお辞儀しながら   東松島市矢本/畑中勝治

新たなる息吹を乗せて初夏の風山から街へゆき渡るなり   東松島市赤井/茄子川保弘

雨受けて花競い初むあじさいのわれよとばかりに葉を抜き出しぬ   石巻市南中里/中山くに子

年経れば月日の過ぎるは早きこと明日でわたし卒寿なかばに   石巻市高木/鶴岡敏子

旅の宿ランプ灯るや露天風呂目覚めて茜の広き海なり   石巻市清水町/日陰のわらび