【斉藤 梢 選】
耳元にナズナをふればかすかなる記憶からめて音もかすかに 石巻市流留/大槻洋子
【評】薺(なずな)はぺんぺん草とも呼ばれ、春の七草のひとつ。昔々は、茎を持って振ると実と実がふれあって小さな音がするので、子供のおもちゃにもなったという。「耳元」にナズナを近づけて振っている作者に、甦る音の記憶。遠い日の音と、今の音が重なって作者を追憶の世界へと導いてゆく。その感覚を「記憶からめて」と表現したところが優れている。この一首の中には、長い時間がかすかに流れていて、短歌という小さな詩型が、一個人の生の歴史をこんなにも悠然と受け容れてくれていることを、改めて知る。
年月が過ぎれば風にほどけたり長らく疎遠の友と語らふ 東松島市矢本/田舎里美
【評】作者と友の間には、おそらく「疎遠」にならざるを得ない事があったのだろう。そして、お互いに歳を重ねることにより、その蟠(わだかま)りが解けて語り合うことができたと詠む。年月が経つほどに、鮮明になる事と、次第に薄れてゆく事がある。心がほどけてゆくとせずに「風にほどけたり」という言葉を選んだことで、情感のある上の句になったと思う。
幼児(こ)の泣き声遠くに聞こえ耳澄ます静かな地区にふくらむ希望 石巻市不動町/新沼勝夫
【評】作者にとっては嬉しく思われる幼児の泣き声。少子化が進むことへの危惧をも含むこの作品。作者の心情が「耳澄ます」でよくわかる。これから成長していく命は「地区」にとっての「希望」。
死亡欄同じ年頃並びおり余生如何にと生き様思案す 石巻市蛇田/菅野勇
【評】お悔やみ欄、死亡広告を見て、自分と同じ年齢が並んでいることが「思案す」の結句を生む。「余生」という言葉が、この時の作者の切実な真意。
短歌(うた)呼べば妻との思い出走り来る夏の夕べの朝顔の花 石巻市駅前北通り/津田調作
スプーンに掬えばメロン欠ける月 貪(むさぼ)るほどに夜は更けゆく 石巻市二子/小松道男
シャクヤクの淡きももいろこの雨にしわりしわりと泣きべそを見す 石巻市開北/ゆき
食品税一パーセントは最新の話題となりて世を駆け抜ける 石巻市南中里/中山くに子
合理化の遠い畑にも心遣る汗は流れる俺は生きてる 石巻市桃生町/佐藤俊幸
言われると心にパッと花ひらく「ありがとう」って不思議な言葉 石巻市あゆみ野/日野信吾
夕月が昇りはじめて低い空ゆっくりでいい夜はこれから 東松島市矢本/畑中勝治
土手の脇いにしえの板碑数基立つ一礼をしてそっと去るわれ 石巻市鹿又/門間典彦
目を病みしかの日のきみを思ふとき瞳にしむるミモザの光 石巻市駅前北通り/小野正雄
この浴衣「好(しゅ)き」と言うかなひい孫の選ぶ手元が楽しく踊る 石巻市蛇田/櫻井節子
散歩道ビションフリーゼ会うたびに重ね合わせる庭のアナベル 東松島市赤井/志田正次
ためらいを含んで泡が揺れているソーダー水は青春の泡 石巻市渡波町/小林照子
泣き虫の雨とあじさいコラボして傘差してまでこの場離れず 石巻市西山町/藤田笑子
靴底を突くような芝心地良し歩く歓びに足軽くなり 東松島市赤井/茄子川保弘