【斉藤 梢 選】
サイダーの冷たい滴を頬に当てほんの一瞬暑さを負かす 女川町浦宿浜/阿部光栄
【評】「サイダー」は夏の季語。暑い日に喉を刺激する独特なサイダーの味の記憶は、誰にでもあることだろう。作者は∧飲む∨のではなく「滴」が付いている瓶を頬に当てて涼を感じている行為を詠む。「滴」が「暑さを負かす」は、夏の暑さに耐えて生きているからこそ生まれる実感。この下の句が優れている。∧三ツ矢サイダー∨が好物だったのは、宮沢賢治。花巻市で教師をしていた頃、行きつけのそば屋で天ぷらそばとサイダーを注文していたという。この夏の「一瞬」の快感を表現して、印象的な一首。
梅雨明けぬ図書館の書架に指を待つ古参の本の静かな吐息 石巻市開北/ゆき
【評】まだ梅雨が明けていない頃であれば、いくらか湿り気を帯びた空間に身を置く作者。この日の図書館は静かで、書架に並ぶ古い本が息をしているようにも感じられ、その雰囲気が一首にゆきわたっている。セピア色の映像の中の「書架」を読者に想像させ、そこには長い間「指を待つ」本がある。本に触れるという繊細な感覚から生まれた表現の「指を待つ」。
在宅で避難やむなき被災者にすぐに届かぬ善意と支援 東松島市赤井/志田正次
【評】東日本大震災で被災した作者の経験による「すぐに届かぬ」。7月28日の熊本地震発災後、在宅避難を選ばなければならない人々へ向けられる「いつになったら」の心配と、いたたまれない心情。
妄想と空想の淵にとらわれて指しおりした本は床へと 石巻市流留/大槻洋子
【評】本を読みつつ日常とは違う世界に引きこまれてしまう作者。「指しおり」している頁に留まるうちに「妄想と空想」が心を支配する。本の魅力を詠む。
寝返りを打って転げる青虫の必死の逃げも夢の続きか 石巻市桃生町高須賀/佐藤俊幸
朝ニュース今朝も猛暑を知らせおり日々進みいく自然の変移 石巻市南中里/中山くに子
庭の石威厳も風情もなくなりてスズメのエサ台それもまたよし 東松島市矢本/畑中勝治
若き頃駅まで八分走ってたこの道今はタクシーの道 石巻市羽黒町/松村千枝子
トンボ見て虫取りネット振り回す孫の動きに夏を見るなり 東松島市赤井/茄子川保弘
庭の苔ふっくらとして厚み増し秋は紅葉を受け止めるはず 石巻市鹿又/門間典彦
自衛隊の給水車より水をくむきっとよくなる負けるな熊本 石巻市渡波町/小林照子
かなしみを打ち消すすべもなくなりて捨てたる家の百合を見にゆく 石巻市駅前北通り/小野正雄
二度三度帰らぬ主の名をよべど空しく響く夜中の病室 石巻市桃生町樫崎/千葉小夜子
十時間暗闇の中眠りいて迎える朝は笑顔の朝顔 石巻市西山町/藤田笑子
白内障手術後外は鮮やかで内は津波の跡あざやかに 東松島市赤井/佐々木スヅ子
あじさい園小道を歩く老夫婦手つなぐ姿に後ろでほっこり 石巻市水押/佐藤洋子
ようやくに覚えて三年ナス漬けを勝手に我が家のブランドとする 東松島市矢本/門馬善道
初にきく蟬啼く声のはかなさよ草木もぐったり高温つづきで 石巻市須江/須藤壽子