【斉藤 梢 選】
草やぶの秋の虫には耳寄せて心寄せるは遠くの災禍 東松島市矢本/川崎淑子
【評】短歌は初句から結句へと読み進める定型詩。上の句では「秋の虫」の声を聞いて、秋が来ていることを感じている作者と、下の句で表現されていることに心を痛めている作者が、この一首の中には居る。二つの異なる心情が、揺れている。虫の声に耳を寄せている穏やかな日常を生きている自分を意識するほどに「遠くの災禍」のことが案じられる。地震、集中豪雨により被災地となってしまう多くの地域への心寄せは、作者の東日本大震災の記憶と重なり、人ごととは思えないのだろう。願いと祈りのこもる作品。
大空ときれいな年輪残し去るけやきの二本大暑日の中 石巻市羽黒町/松村千枝子
【評】大暑日に伐られてしまった二本のけやき。「年輪残し去る」には悲しみと、長くその場所に立っていた木への敬意が表れている。「伐る」ではなく「去る」という言葉を選んだ作者の思いが伝わってくる。そして、優れているのは「大空と」の初句。葉の繁りが無くなったことにより、視界が変化して空が大きく見えるようになった。「大空」を「残し」て去っていった「けやき」への優しい気持ちが滲む。
すれちがう犬にあいさつその顔のままでしばらく歩いてしまう 石巻市流留/大槻洋子
【評】「その顔」を想像することの楽しさ。日常生活にある、このようなささやかな気づきを定型に掬い上げている、作者の作歌への意欲を感じる。犬好きの人の「私もそう」と言う声が聞こえてきそう。
あさがおにつるべ取られた井戸水をのませてあげたい熊本の人に 石巻市中里/のの花
【評】7月28日16時27分に発生した熊本地震。夏の断水は辛い。「あさがおにつるべ取られた」が夏を記録して優れている。下の句に、強い希求がある。
悔いばかり心をよぎり来し方を反省しては消去してゆく 石巻市あゆみ野/日野信吾
コチコチのふしぶし撫でて曲げ伸ばしやりくりしつつ畑を楽しむ 石巻市桃生町高須賀/佐藤俊幸
盆送り下垂る汗の一日(ひとひ)終え感謝の二文字日記の隅に 石巻市須江/須藤壽子
若き日に釣ったへらぶな今魚拓あの日の手応え今でもここに 東松島市矢本/畑中勝治
夏雲に誓ふ禁酒も水の泡星の下ではジョッキ溢れて 石巻市門脇/佐々木一夫
この頃の生き方ふいにむなしくて山椒の苗植ゑかねてをり 石巻市駅前北通り/小野正雄
夏空に大木で鳴くセミの声ミンミンジージー個性光らす 石巻市水押/佐藤洋子
青空にピンクが調和のさるすべり娘の記念樹はや五十五歳 石巻市蛇田/菅野勇
令和の世、山寺に鳴くその蟬は茂吉が唱えしアブラゼミなり 東松島市赤井/志田正次
川風に涼を貰いて大橋を渡りて医院へ命を繋ぐ 石巻市不動町/新沼勝夫
夫の検査待つ吾(あ)は自販機コーヒーのコロンビアちょっとだけほろ苦し 東松島市矢本/菅原京子
終活に六十余年綴り来し日記束ねて淋しい門出 石巻市桃生町樫崎/千葉小夜子
ススキ、萩十五夜に供え孫背負い満月仰いだ在りし日の母 東松島市矢本/門馬善道
主居れば春夏秋冬花が咲く今は雑草庭にはびこる 石巻市水押/阿部磨