【佐藤 成晃 選】
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一年の稽古(けいこ)じまいの文字は「喝(かつ)」誰が為にあらずひとりわがため (石巻市向陽町・後藤信子)
【評】茶室に「喝」の字の書かれた軸をかけての茶会だろうか。今年一年の反省を込めてすする一服。今年の稽古(勉強会)はこれでよかったか、と我に問う一時(いっとき)の静寂。掛け軸からは「喝」の声は出ないが、それを聞きつける耳を持った作者。誰かのための反省ではない。ただただ自分のための反省である。茶道の師としての覚悟を読むような一首の前に私も思わず反省を強いられる。
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米寿まで卒寿までとも思はねど連れ合ひが居るプードルが居る (石巻市恵み野・木村譲)
【評】八十八歳や九十九歳まで長生きしたいとは思っていないのだが、さりとて早死にを望んでいるのでもない作者。無駄な、馬齢を重ねるような長生きは意味がないことはとっくに知った上での一首。「連れ合い」や「プードル」を置いて死ぬわけにはいかないという内心吐露の一首であろう。長生きをしなければならないという条件に「プードル」を持ち出した軽妙さが魅力的。人生の重い問題を暗くしないでまとめた佳作である。
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携帯の番号十一桁(けた)の末尾には夫の名がある「0363(ゼロサンロクサン)」 (石巻市中央・千葉とみ子)
【評】携帯の番号の一部である「0363」に夫の名があるという。それは「おさむさん」。これまでの投稿作品からご主人は逝去されたことは分かって読んでおります。亡くなった主人の「おさむさん」が携帯の番号に収まっているという「機知」とでも言ったらいいか、その着眼がおもしろい。御主人の逝去された当初の悲しい作品を超えて、こんな作品を詠めるようになった作者である。
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初恋はまだ早すぎると親の手でぶちっと切られし紅の糸いずこ (石巻市高木・鶴岡敏子)
鉄の棒投げる受け取るを手際よく足場組みゆく鳶(とび)の若者 (石巻市向陽町・中沢みつゑ)
都合よく右脳左脳も劣化して本能だけで生きる楽しさ (東松島市赤井・佐々木スヅ子)
生きている証し残すと短歌(うた)詠むにペン先鈍る過去の生きざまに (石巻市不動町・新沼勝夫)
僧侶読む般若心経(はんにゃしんぎょう)に体揺らしリズムとってる幼子めごし (石巻市水押・佐藤洋子)
「冬隣(ふゆどなり)」ちあきなおみを聞くたびに同じところで涙こぼるる (仙台市青葉区・岩渕節子)
白波の織りなす海に網を曳(ひ)く襟裳岬(えりもみさき)を斜交(はすか)いに見て (石巻市駅前北通り・津田調作)
好物の茄子漬けいつも持ってきた貴女(あなた)は微笑む菊に埋もれて (石巻市蛇田・菅野勇)
二人だけのディサービスは静かなり午後のマッサージにたちまち眠る (石巻市丸井戸・松川友子)
寒風に開いて晒(さら)すみりん干し噛めば香ばしふるさとの味 (石巻市水押・阿部磨)
北風に抗い進むいさり船舳先(へさき)のしぶきに波の花咲く (石巻市門脇・佐々木一夫)
同世代の歩幅が合えば勇気わき話題は尽きず朝のひと時 (石巻市南中里・中山くに子)
冬の夜半島行きのバスありて乗客一人闇に消えたり (石巻市渡波町・小林照子)
汝の書ける文字角張りて生きざまのクセ字はこれが最後となりぬ (石巻市開北・星ゆき)
縁石に沿いて散り敷く黄の落ち葉風に寄せられ我を導く (石巻市駅前北通り・庄司邦生)
あの世あらば祖父でも母でも父でもいい我らに助言聞かせてほしい (角田市角田・佐藤ひろ子)
落葉樹の梢の先まで詳細に空にさらして健康診断 (東松島市矢本・川崎淑子)