【石母田星人 選】
===
車椅子草笛を吹く老ひとり 石巻市南中里/中山文
【評】曲げた葉を唇にくわえ、息で振動させて音を出す草笛。実際に吹くと分かるがこれが結構難しい。苦い葉の味が口の中に広がるばかりで、美しい音などとても出せない。上手な人は小さな頃から上手。この句の車椅子の人もそうなのだろう。その達者な音色は哀調を帯び辺りを魅了する。「ひとり」の空間の中で子どもの頃の思い出に浸っているのかもしれない。
===
大西日備前の窯に煉(ね)り込まれ 石巻市丸井戸/水上孝子
【評】備前焼の特徴のひとつは地肌の茶褐色。うわぐすりを使わずに高温で焼き締めることからこの色になる。他の焼き物に比べると素朴で落ち着きがある。この句、備前焼を手にして登り窯に当たる西日を思い描いている。土がもつ大地のぬくもりを感じながら。
===
さくらんぼ逢ひたき人の頬のいろ 石巻市蛇田/高橋牛歩
【評】子どもの頃の友、青年時代のあこがれの人、もしかすると孫のことかも。中七「逢ひたき人」から想像が膨らんで、物語性が濃く薫ってくる作品。
===
海鞘喰へば海の男に里帰り 石巻市門脇/佐々木一夫
【評】海鞘を食べて漁師の顔に戻った作者。本来、里帰りは女性が結婚後実家に一時的に帰ることだが、内面の変化を表すにはうってつけの字面。面白い。
===
触るるものみな影となる盛夏かな 東松島市矢本/紺野透光
海の日やあの日あの時逃げただけ 石巻市吉野町/伊藤春夫
夏かもめ沖をはるかに震源地 石巻市蛇田/石の森市朗
それぞれに津波の話蝉時雨 多賀城市八幡/佐藤久嘉
雨上がり郷の匂や初蛍 東松島市矢本/雫石昭一
はつなつの竹百幹のそよぎかな 石巻市相野谷/山崎正子
青梅の早も箒の波の上 石巻市小船越/三浦ときわ
早苗饗や田の神さまに黄粉餅 石巻市小船越/芳賀正利
蜜豆やくるくる回す万華鏡 東松島市新東名/板垣美樹
父の日と夏至の重なる朝かな 石巻市北上町/佐藤嘉信
旅鞄ひょいと背負いて雲の峰 石巻市中里/川下光子
氏神の小振りあじさい紺深む 石巻市広渕/鹿野勝幸
五月晴ヨガのペディキュア海の色 仙台市青葉区/狩野好子
大蟻の生死わからぬものの前 石巻市開北/星ゆき
薫風や走り根太き登山道 石巻市中里/鈴木登喜子
万緑や老いに負けじと歩みだす 東松島市あおい/大江和子