短歌(3/24掲載)

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【斉藤 梢 選】


ひしゃげたる軒に老舗の文字焦げて寒暁の空ただに広ごる   石巻市開北/ゆき

【評】おそらく能登半島地震の被災地を報道映像で見て詠んだのだろう。東日本大震災で被災した時のことが思い出されて、それゆえに「ひしゃげたる軒」と書く作者の心は痛む。13年前の3月11日の夜には星が美しかった。1月1日の地震による火災で老舗の文字が焦げて、すっかり変わってしまった景。それでも夜は明けて新しい朝が来る。関東大震災で被災した与謝野晶子は「空にのみ規律のこりて日の沈み廃墟の上に月上りきぬ」と詠んだ。作者のいたたまれない心情が「ただに」に込められている。


この路地の一番乗りは新聞だ雪を蹴散らし世界が届く   東松島市矢本/畑中勝治

【評】降り積もった雪の道にタイヤの跡をつけて、雪を蹴散らして新聞配達のバイクが来る。「一番乗り」という表現が生き生きとしている。毎日規則正しく新聞が届けられることに感謝をして新聞をひらく作者は、記事を読みながら世界を知り世界と繋(つな)がる。新聞が届いて、それを手にして、作者の一日が始まるのだろう。「世界が届く」に、作者の生き方をも感じる。


手を合わせ一針毎に願い込め風化させまじ還り雛かな   東松島市矢本/高平但

【評】東日本大震災の行方不明者を忘れないという思いで作られている「還り雛」。13年経(た)った今も行方不明者の捜索は続けられている。作者もまた、願いつつ「還り雛」に心を寄せてこの歌を詠んだ。


風花のしまきて沖を遠くして見えては消えるすなどりの舟   石巻市中里/佐藤いさを

【評】描写がゆきとどいている一首。「沖を遠くして」の捉え方が優れている。墨絵の世界を思わせる冬の海の光景。作者には舟を長く見ている時間がある。


ロシアにもウクライナにもガザにまで我が子うばわれ悲しむ母が   石巻市あゆみ野/日野信吾

あの日から十三年が「もう」か「まだ」人それぞれの傷の重さが   石巻市向陽町/成田恵津美

ヒヤシンス球根増えて友増えて何色咲くやら冬の陽だまり   石巻市西山町/藤田笑子

セーターにもならぬ残りの毛糸編む何にしようか十センチ角   石巻市羽黒町/松村千枝子

冬ごもり解けて芽出しの水仙よ吾も待ちいる春の温もり   石巻市駅前北通り/津田調作

我よりもずっと高所の柱傷孫と言う名の宝の成長   石巻市蛇田/菅野勇

どか雪も昨夜の雨になだめられ土手の緑も背のび待つ日々   石巻市二子/北條孝子

断捨離の気持ちわずかに立ち止まる物に染みこむ心捨てがたし   石巻市桃生町/佐藤俊幸

目の前を案内するがにチチと行く調べてみればハクセキレイと   石巻市南中里/中山くに子

廃屋の跡地に立ちて我は今日過日の風に思いめぐらす   石巻市湊東/三條順子

字も声も小さくなりいる日々の中病の進行ひしひしと感ず   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

玉ねぎの皮をむきつつ涙すに何で泣くのと曽孫問いかける   石巻市飯野/川崎千代子

面会の姉は車椅子でやってくる「会いたかった」と元気な声で   石巻市丸井戸/高橋栄子

目に留まる芽ぶく水仙庭先に時節の到来告げるが如く   石巻市わかば/千葉広弥