短歌(5/11掲載)

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【斉藤 梢 選】


大事な日大切な事も手のひらのスマートフォンに押し込めている   石巻市流留/大槻洋子

【評】いつのまにか気がつけば「スマートフォン」が生活の必需品となっていて、一日に何度も手にしている。携帯電話を詠む時は「携帯電話(けいたい)」または「携帯電話(ケイタイ)」と表記した時代が過ぎて「ケイタイ」になり、今では「スマホ」。カレンダーに◯をしたり、手帳に記したり、日記に書いたりした大事な日や大切な事。便利なスマホを使いながら「押し込めている」と思う作者の心にあるのは、現状への問い。文字を書き、本のページを捲ることで得るゆたかさもある。丁寧に暮らすということを意識させてくれる一首。


清々のみどりの風がおはようと目覚めの頬をやさしくつつむ   石巻市須江/須藤壽子

【評】春が来たことを伝えてくれるのは「風」。見えない風を「みどりの風」と感受できるこの健やかな朝の心。新しい芽、木々の若葉に挨拶をしてきた風に頬をつつまれた時の歓びを作者は詠む。「おはよう」という風の声を聞いて始まることに、感謝したくなる風のやさしさだったのだろう。特別な出来事だけが歓びになるわけではない。このようなささやかな幸せもある。


朝まだき看護師の声で明ける朝左手が起きスマホをつかむ   東松島市矢本/門馬善道

【評】病室で目覚める作者。病とたたかう日々なのだろう。病室という空間に居て、世の中と人と繋がろうと掴むスマホ。「左手が起き」が、的確にこの時を表現していて「つかむ」には、生きる意志を見る。


スズメの目小さなスズメの目で見れば小さな虫が大地にいっぱい   東松島市矢本/畑中勝治

【評】何度も読んで味わいたい歌世界。「小さなスズメの目でみれば」という純朴な思いに寄り添うと、見えてくるものがある。小さな命への親愛の情を詠む。


畔道を青に染めいるいぬふぐり愛くるしさは名をふきとばす   東松島市矢本/川崎淑子

今はもうsuicaで通る改札のパンチの音が心地よかった   多賀城市八幡/佐藤久嘉

名にし負う三春のしだれ滝桜妻と見上げて心神秘に   石巻市水押/阿部磨

何もかも合点ゆかぬも自然農在りたい姿まずはひと鍬   石巻市桃生町/佐藤俊幸

おんぶダッコした孫二十歳(はたち)帰省する交わす盃時空浮かべて   石巻市蛇田/菅野勇

人類のたった一人の思惑にひきずられてゆく地球の軽さ   石巻市あゆみ野/日野信吾

しばれる夜思いおこしぬ夜業しての母と義姉との凍み豆腐作りを   石巻市桃生町/千葉小夜子

天気良く妻と二人で野良仕事阿吽の呼吸で草むしりする   東松島市矢本/奥田和衛

外猫の春日の中にねころびて待ちに待ちたる暖かさかな   石巻市南中里/中山くに子

墓まいりトルコキキョウとストックと一年生の笑顔もそえて   東松島市矢本/菅原京子

満開の桜とともに訪れし拉丁(ラテン)のリズムホール満たすや   東松島市赤井/志田正次

一本の色鉛筆がくれる夢描く指先私の生きがい   石巻市西山町/藤田笑子

詠むごとに言の葉揺れて出番待つ言葉知らずの木の枝でじっと   女川町浦宿浜/阿部光栄

咲き分けの紅白梅に在りし日のあなたを想いじっと眼をとず   東松島市矢本/門間淳子