短歌(7/6掲載)

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【斉藤 梢 選】


眠りより覚めてかつての枕木は木陰に茸と暮らしてをりぬ   石巻市開北/ゆき

【評】役割を終えた「枕木」に心を寄せて詠む一首。かつて線路があり、列車が走っていた場所に在る「枕木」は、使われなくなって眠りについた。けれども、その眠りから今は覚めて、ひっそりとゆったりと「茸」と語り合いながら暮らしているように、作者には思えたのだろう。花を見た時には花を、木と出合った時には木を描写することで完結する歌もあるが、この歌のように、感じたことを独創的に表す方法もある。「眠りより覚めて」は、作者でなければ描けない世界。木陰の「枕木」に会いに行きたくなる。


手を染めてこの匂い好きとフキむきし遠き日の母いまは私が   石巻市大街道/後藤美津子

【評】春、採ってきたフキの皮をむくと指先が黒くなる。旬のフキにある匂いを「好き」と言っていた母を思いながら、今は作者が母と同じようにしてフキの皮をむく。この時、ふとこの一首が生まれた。心に満ちる母への思い。「遠き日」は、いつまでも心に残って春が来るたびに「遠き日」の母の隣に作者を連れて行く。母と娘を繋ぐフキの匂い。


暗転の世界にひとり立ちたれど小さきともしび幾つもありぬ   石巻市流留/大槻洋子

【評】「暗転」の具体は示されていないけれど、作者は「暗転の世界」にひとりで立っている。でも、絶望はしていない。むしろ、その暗さの中にある「小さきともしび」が幾つも見えるのだ。自身の生き方を詠む。


真っ直ぐに伸びる舗装路の果てにして港に見ゆる黒き舷側(げんそく)   女川町旭が丘/阿部重夫

【評】「果てにして」の表現が優れている。作者の視線の先には「港」があり、描写力のある作品。結句の「黒き舷側」の存在感が一首を引き締めている。


夜の雨昼に聞こえぬ音がある静かな雨はいつも優しい   東松島市矢本/畑中勝治

迂回路の畑見るたび草だらけ老いには勝てず耕作放棄   石巻市桃生町/佐藤俊幸

思う事叶わぬこともあるけれど亡母のくちぐせ明日は晴れる   石巻市あゆみ野/日野信吾

釣り好きの亡夫が通いし砂浜で潮騒の中夫の声聞く   石巻市蛇田/櫻井節子

五月雨に早苗の葉先見え隠れ育つ健気さ我の歩を止む   東松島市矢本/門馬善道

大輪でトスカの如き情熱の色濃き薔薇のマリア・カラスや   東松島市赤井/志田正次

「君は誰」問いつつ肥料与えれば日ごと雑草(あらくさ)は風情持ちくる   東松島市矢本/田舎里美

亡き母の愛(め)でし紅バラ三代目供えて孫らの安寧願う   東松島市赤井/佐々木スヅ子

咲き初むる紫陽花の花葉にうもれ梅雨待ちいしか可憐にひそと   石巻市南中里/中山くに子

行く春に急かされ八十路鍬握る浮き世の憂さは土にとじ込め   石巻市蛇田/菅野勇

生きること生きる意味など考えてデイの送迎車にわれは乗る   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

黄金色波打つ畑風渡り園児ら麦刈る賑やかな声   東松島市赤井/茄子川保弘

どの花にも花言葉あり聞こえぬが凜と咲く花どれもが主役   石巻市西山町/藤田笑子

故郷をなくしたガザの子供らよわが身にもましてつらく悲しき   石巻市中里/のの花