短歌(8/3掲載)

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【斉藤 梢 選】


穏やかな藍色をして褪せぬ海われはパレットに波を溶くなり   石巻市湊東/三條順子

【評】作者の絵筆が生む波。「穏やかな藍色をして褪せぬ海」は、作者が目にしている実景なのだろうか。それとも、心に在る「海」なのだろうか。この上の句をどのように鑑賞するかは、読者に委ねられている。作者の前にあるカンバスにすでにある「海」なのかもしれないし、東日本大震災から14年経てようやく「穏やかな藍色」を描けるようになった心情を表現しているとも解釈できる。「海」に「波」を描こうとしている時間の静けさ。とても優れている表現の「波を溶く」。作者はこの後、どのような「波」を描いたのだろうか。


すぐに立つ馬の子ぬらり母へ寄る母馬の汗光って優し   石巻市渡波町/小林照子

【評】生まれてから、1時間から2時間で立ち上がる子馬。母馬の出産の様子を見て、感じ得たことを詠む一首。「ぬらり」の言葉が、生まれてきて間もないことを伝えていて、無事に子を産んだ母に向けられる作者の眼差しも優しい。「汗光りて」とせずに「汗光って」としたことで、ストレートに感動を表現できたのだと思う。命の尊さをあらためて感じさせてくれる作品。


すいかずら香りのパワーをチャージして家路へ急ぐこぼさぬように   東松島市矢本/田舎里美

【評】芳香のある花の忍冬(すいかずら)を詠んだ歌だと思う。「チャージ」したくなるほどの香りだと表現しているところが独特。作者の日々を生きる元気の源は「香り」。こぼさないように家路を急ぐ気持ちが伝わってくる。


吾が採りし二十五粒の庭の梅 夜の厨に香を漂わす   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】夜の厨に満ちている梅の香。「二十五粒」という具体が、梅の存在をしっかりと示している。この夜の心にあるのは、庭の梅を採ることが出来た喜び。


古里の野原に遊ぶ夢覚めて夢のつづきをしばし想ひぬ   石巻市あゆみ野/日野信吾

糸桧葉の階段のような枝のなかスズメよろこび上から下へ   東松島市矢本/畑中勝治

星今宵願いかなわずアルタイル再会までは遠き道のり   東松島市矢本/門間淳子

夏草の香りむせくる土手に見る雲の船ゆく七夕の川   東松島市矢本/川崎淑子

庭の柿いろいろあっての五十年大き洞(ほら)さえ芽ぶきのエナジー   石巻市開北/ゆき

新しき枝に花芽を付けて咲く真白き丸いアナベルひとつ   東松島市赤井/志田正次

驟雨止み柏葉アジサイ地に伏せり手折りて日がなリビングで見る   東松島市矢本/門馬善道

七夕のたんざく書いてウクライナの終戦早くと天にも祈る   石巻市中里/のの花

思い出す子供の頃に見たホタル夢に出てきて私も躍る   石巻市西山町/藤田笑子

夏便り送る相手は減るばかり息災祈り書き綴るなり   東松島市赤井/茄子川保弘

ただよへるごとくに生きて初夏の朝われは八十路の生日を迎ふ   女川町旭が丘/阿部重夫

娘より明るい歌を作りなと言われ納得しかし現実は   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

夕立も梅雨もなくなり夏と冬両極端は自然界にも   東松島市赤井/佐々木スヅ子

卯の花が風にあおられ舞い落ちる友に見せたや花の吹雪を   石巻市桃生町/千葉小夜子