【斉藤 梢 選】
穏やかな藍色をして褪せぬ海われはパレットに波を溶くなり 石巻市湊東/三條順子
【評】作者の絵筆が生む波。「穏やかな藍色をして褪せぬ海」は、作者が目にしている実景なのだろうか。それとも、心に在る「海」なのだろうか。この上の句をどのように鑑賞するかは、読者に委ねられている。作者の前にあるカンバスにすでにある「海」なのかもしれないし、東日本大震災から14年経てようやく「穏やかな藍色」を描けるようになった心情を表現しているとも解釈できる。「海」に「波」を描こうとしている時間の静けさ。とても優れている表現の「波を溶く」。作者はこの後、どのような「波」を描いたのだろうか。
すぐに立つ馬の子ぬらり母へ寄る母馬の汗光って優し 石巻市渡波町/小林照子
【評】生まれてから、1時間から2時間で立ち上がる子馬。母馬の出産の様子を見て、感じ得たことを詠む一首。「ぬらり」の言葉が、生まれてきて間もないことを伝えていて、無事に子を産んだ母に向けられる作者の眼差しも優しい。「汗光りて」とせずに「汗光って」としたことで、ストレートに感動を表現できたのだと思う。命の尊さをあらためて感じさせてくれる作品。
すいかずら香りのパワーをチャージして家路へ急ぐこぼさぬように 東松島市矢本/田舎里美
【評】芳香のある花の忍冬(すいかずら)を詠んだ歌だと思う。「チャージ」したくなるほどの香りだと表現しているところが独特。作者の日々を生きる元気の源は「香り」。こぼさないように家路を急ぐ気持ちが伝わってくる。
吾が採りし二十五粒の庭の梅 夜の厨に香を漂わす 石巻市羽黒町/松村千枝子
【評】夜の厨に満ちている梅の香。「二十五粒」という具体が、梅の存在をしっかりと示している。この夜の心にあるのは、庭の梅を採ることが出来た喜び。
古里の野原に遊ぶ夢覚めて夢のつづきをしばし想ひぬ 石巻市あゆみ野/日野信吾
糸桧葉の階段のような枝のなかスズメよろこび上から下へ 東松島市矢本/畑中勝治
星今宵願いかなわずアルタイル再会までは遠き道のり 東松島市矢本/門間淳子
夏草の香りむせくる土手に見る雲の船ゆく七夕の川 東松島市矢本/川崎淑子
庭の柿いろいろあっての五十年大き洞(ほら)さえ芽ぶきのエナジー 石巻市開北/ゆき
新しき枝に花芽を付けて咲く真白き丸いアナベルひとつ 東松島市赤井/志田正次
驟雨止み柏葉アジサイ地に伏せり手折りて日がなリビングで見る 東松島市矢本/門馬善道
七夕のたんざく書いてウクライナの終戦早くと天にも祈る 石巻市中里/のの花
思い出す子供の頃に見たホタル夢に出てきて私も躍る 石巻市西山町/藤田笑子
夏便り送る相手は減るばかり息災祈り書き綴るなり 東松島市赤井/茄子川保弘
ただよへるごとくに生きて初夏の朝われは八十路の生日を迎ふ 女川町旭が丘/阿部重夫
娘より明るい歌を作りなと言われ納得しかし現実は 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
夕立も梅雨もなくなり夏と冬両極端は自然界にも 東松島市赤井/佐々木スヅ子
卯の花が風にあおられ舞い落ちる友に見せたや花の吹雪を 石巻市桃生町/千葉小夜子