短歌(10/26掲載)

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【斉藤 梢 選】


異世界にのまれるように逆光の朝の空き地に人影消える   石巻市流留/大槻洋子

【評】作者が見た、ある朝の光景を想像する。「空き地」に居たはずの人が突然消えてしまったように見えたのだろう。一瞬「あらっ」と思ったのでは。「消える」を、どのように表現したらいいかを模索した後に、この一首が成る。「逆光の」として、現況をしっかりと詠んだことで「異世界にのまれるように」という感覚的な捉え方が無理なく伝わる。何を詠むかは自由であり、大切なのは納得のゆく作品にするために言葉を選ぶ労を惜しまないことだと、この作品に出合って思う。


形見にと甥に貰いし義姉の指輪年古りてなお吾が手に宿る   石巻市桃生町/千葉小夜子

【評】亡くなった人の身につけていたものは、その人が生きていたことを思わせてくれる。作者は形見にもらった指輪を今も自分の指にして、亡き人を偲ぶ。長い年月が経ったことをしみじみと感じているからこその「年古りて」だろう。静かだけれど深い亡き人への思いが「吾が手に宿る」にはある。「宿る」の一語にこめた作者の心持ちに、寄り添いたくなる。


小窓から見上げる空は枠の中 心もようが瞳に映る   女川町浦宿浜/阿部光栄

【評】部屋の小窓から空を見る。その空は、大きくもなく広くもなく「小窓」の「枠」におさまっている。窓に映る「瞳」に映っているのは今の自分の「心もよう」。「瞳」は鏡のようでもある。自画像を描くように詠んでいる一首で、独特な雰囲気を纏っている。


夢十夜ふと本棚の漱石に「こんな夢みた」と話しかけたし   石巻市渡波町/小林照子

【評】『夢十夜』は夏目漱石の短編集。「こんな夢を見た」の書きだしが印象的だ。作者はふと懐かしくなって話しかけたくなる。漱石と作者の<ある夜>。


赤とんぼコスモス畑の花の上飛び交ひをればひと色ならず   石巻市あゆみ野/日野信吾

妻と居て日々幸せの歌詠むも三十一音に想いがあまる   石巻市駅前北通り/津田調作

庭木伐る痛みとともに「感謝離」とふ名言湧きて秋の日に立つ   石巻市開北/ゆき

秋彼岸旬の果物供えたし先祖に口説く物価高の世を   東松島市矢本/門馬善道

稲荷寿司妻の手作り口に合う五十余年を添いいる証か   石巻市不動町/新沼勝夫

大切な物はそれぞれ違うのに捨てたらと言う言葉の寂し   石巻市蛇田/櫻井節子

芋虫を二匹つぶした草むしり何やら心ざはめきてをり   石巻市門脇/佐々木一夫

コロコロと鈴の音のごとひびきくる虫の音清し秋の朝明け   石巻市南中里/中山くに子

テレビ観てゾンビ体操してるわれ黄泉より夫はなんと見るらむ   東松島市野蒜ケ丘/菊池はま子

繰り返し腰を伸ばして鍬握る九十三本の皺のわが手で   東松島市矢本/奥田和衛

新米は離れて暮らす孫達へ銘柄値段と楽し気な妻   石巻市蛇田/菅野勇

憂い事ありて世話せぬ朝顔の地を這うを見て心のいたむ   東松島市赤井/佐々木スヅ子

木の柵のなかにて草を食む子馬競争馬にてその脚ほそし   女川町旭が丘/阿部重夫

厚い雲空を覆って動かない太陽出れずにもがいているか   東松島市矢本/畑中勝治