短歌(11/23掲載)

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【斉藤 梢 選】


右の手の温み伝えて種に言う君は元気だ発芽できるよ   石巻市桃生町/佐藤俊幸

【評】種と作者との会話から成る一首。一粒の種にある命に「君は元気だ発芽できるよ」と声をかける。この作品は、人間の生きてゆく源には自然というものがあることを、あらためて気づかせてくれる。種を土に蒔き、その成長を守り、収穫するまでの日々の営みへの敬意。フィンセント・ファン・ゴッホの描いた「ジャガイモを食べる人々」の手、土からジャガイモを掘った人の手を思う。作者は右の手のひらにのせて「温み伝えて」種を想う。収穫の喜びを詠む作品が多い現代短歌の世界ゆえに、この一首は深く心に残る。


静けさの中に潜って目を閉じる風の流れが聴こえてきそう   石巻市あゆみ野/日野信吾

【評】雑念を取り払い、静寂の中に身を置く時間。心の静けさを欲しての「静けさの中に潜って」だろう。「潜って」の表現が、作者の強い希求を伝えている。生きてゆくためには、時には孤である自覚が必要なのかもしれない。作者は目を閉じた時に、風の「流れ」が聴こえてきそうだと感じた。風の音ではなく「流れ」と詠む。風の気配かもしれないし、風の動きなのかも。感覚を表現しようとすることは、生を自覚すること。


病棟で明るき話題模索して笑みをうかべるすべを求めて   東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

【評】悲しいこと、辛い思い、苦しい胸の裡、それらではなく「笑みをうかべるすべを求めて」と詠む作者。生きてゆくための「模索」と「笑み」。切実で懸命なこの思いは、読者の心の深いところにまで届く。


気持ちよく深呼吸して生きて見る誰のものでもないよ青空   石巻市湊東/三條順子

【評】呼吸を意識して青い空を見上げて、作者は身心に新しい風を入れて日々を生きている。下の句の「誰のものでもないよ」は、自由の歌をうたっているよう。


東京へ戻る長女に手渡すはまだ温もりあるおにぎり一個   東松島市矢本/川崎淑子

保育所のオレンジ色の制服で並んで立ってるほおずき愛らし   石巻市蛇田/菅野勇

灼熱を生きしランタナ金秋をさらに彩るしづかさ加へて   石巻市開北/ゆき

秋刀魚食(は)み昔の海を語りおれば妻との出会いもまた浮かびくる   石巻市駅前北通り/津田調作

柵越しにシャッターおせばオリーブの実は秋空の雫のようだ   石巻市流留/大槻洋子

行く道はつらい流れの川なれどよどみもあれば岸もあるはず   東松島市矢本/畑中勝治

屋根登る蔦の紅葉色まして今秋の終(つい)伝うる如し   石巻市南中里/中山くに子

友らとの想い語らう晩秋の温き陽ざしよやさしくつつむ   石巻市錦町/山内くに子

駅の中古き友見て声掛ける老いの身同士話題は体調   東松島市赤井/茄子川保弘

メモ帳に言葉集めて三冊目いつか出番のくるかもと待ち   石巻市流留/和泉すみ子

色葉散る奥の隙間に身を潜め終の栖と決め込む輩   東松島市赤井/志田正次

初船出難題積んで舵握る女船頭の力量如何に   石巻市水押/阿部磨

晩秋の霧が流るる港街赤信号のぼやけた世界   女川町旭が丘/阿部重夫

この花が好きととんぼが離れないコスモス見つつあおぐ青空   石巻市西山町/藤田笑子