短歌(12/21掲載)

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【斉藤 梢 選】


離れ住む息らを案じぬ仏壇のリンゴ突然ころがりし朝は   石巻市高木/鶴岡敏子

【評】心配したり気遣うということは、多くは心の中でひっそりと行われる。この一首の「案じぬ」は、心を寄せて思い、相手の普段通りの生活を願うことだろう。離れて暮らしている子らのことを案じる母の気持ちが、とてもよく伝わってくる。今の時代は、LINEで「大丈夫?」「ちょっと心配になって~」と、言葉にして直ぐに相手に届けることもできる。でも、この歌の作者の「案じぬ」は、母から「息ら」への深くて奥床しい気持ち。突然リンゴが仏壇からころがった朝の、母親の祈りと願いが込められている「案じぬ」。


風に立つほおの木の葉よ空中に吹きつけられて落ちる声、声   石巻市湊東/三條順子

【評】今年の秋は短かった。木の葉があっという間に散り敷く光景に、木も酷暑の日々を耐えて力尽きたのかと思われて、木を愛しんだ人もいたのでは。ほおの木の葉は大きいので「落ちる」。その葉が空中に吹きつけられる光景を見た作者には、この時「声」が聞こえた。音ではなく「声」。「風に立つ」木を見て、聞いた「声」に何を思ったのか作者と語り合いたくなる。


絹さやの寒さに向かう小さき芽に籾殻かける春までですよと   石巻市羽黒町/松村千枝子

【評】小さな芽を寒さから守るために籾殻をかけつつ「春までですよ」と、話しかけている姿が見えるよう。育てるということは、愛情をそそぐことなのだと、あらためて知る。「芽」と一緒に春を待つ作者。


罪を負うものの如くに岸壁の廃船はあかき鉄錆まとふ   女川町旭が丘/阿部重夫

【評】「あかき鉄錆まとふ」廃船を見て佇む作者の思いが、初句二句で的確に表現されている。この回顧と現状。作者でなければ詠めない「廃船」の歌。


風立てば寒さ厳しく出不精のこころ湧くのは老いの守りか   石巻市桃生町/佐藤俊幸

小雪(しょうせつ)のひかりと風に残菊の黄いろはタクトのごとき愉しさ   石巻市開北/ゆき

庭にひとり佇む我に秋の風共に行くかと声が聞こえる   東松島市矢本/畑中勝治

八十路坂泰然自若我が道をゆっくり歩む老いを受け入れ   石巻市不動町/新沼勝夫

新聞に知人の不幸載っていて脈速くなり涙止まらず   石巻市西山町/藤田笑子

昭和期の人手頼りの魚獲り身体一つで荒波越えて   石巻市水押/阿部磨

追いつけぬほど遅れてもけんめいに走ればいつか拍手聞こえる   石巻市流留/大槻洋子

神木の老樹は四季を繰り返す森に聳えて歴史を刻む   東松島市赤井/茄子川保弘

銀杏の実落ちて踏まれて疎まれてあわれ冷たき雨に打たれる   石巻市あゆみ野/日野信吾

渋柿の皮剥きすれば目に浮かぶ夜なべの煙と家族のわらい   石巻市須江/須藤壽子

津波時の支援のタイツこの冬もまたはく我を温かく包む   東松島市赤井/佐々木スヅ子

夜の床逝きし友の顔懐かしく鳥にも虫にも生死あるのね   石巻市渡波町/小林照子

寒い朝何することもなき一日(ひとひ)焼き芋しよういい匂いする   石巻市流留/和泉すみ子

ウオーキング踏まれて強し雑草は四つ葉となりて我を慰む   東松島市矢本/奥田和衛