【斉藤 梢 選】
編みなおす毛糸の絡み手強くて一筋のひかり見たしと解く 東松島市矢本/川崎淑子
【評】冬には編み物をしたくなる。昭和の時代は、冬には手編みのセーターが温かかった。兄弟が多ければ、窮屈になった兄のセーターを解いて、弟のセーターに編み直すことも。この一首の「編みなおす」は、一度編んだものを思い立って解いて編み直すということなのか、それとも、新しい何かを作るために解いて丸めた毛糸を再利用して編んでいるのか、どちらだろうか。「絡み手強くて」それゆえに、「ひかり見たし」と思って解く。この下の句の心象表現が秀。もしかしたら、作者は心の中の毛糸を編んでいるのかも。
みぞれ落つ蒼鉛(ビスマス)色の天仰ぐ脳裏に浮かぶ「永訣の朝」 東松島市赤井/志田正次
【評】宮沢賢治の『春と修羅』に収められている「永訣の朝」の詩の世界が、天を仰ぐ作者の心を動かす。「蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から/みぞれはびちよびちよ沈んでくる」の「蒼鉛いろ」と、今作者が見ている天の「蒼鉛色」が重なる。妹のトシが病で亡くなった朝の悲しさの絶唱の「永訣の朝」。詩を読むことも、短歌を読むことも、その作者の心と向き合うことだと思う。
神話より出でたるやうな雄姿みせ<流木の馬>浜に降り立つ 東松島市矢本/田舎里美
【評】東松島市の野蒜海岸に立っている<流木の馬>。海岸で拾い集めた1000本以上の流木で作られた、逞しい馬を見ての印象を、独自の感覚で表している。東日本大震災より15年の午年に、浜に降り立った馬。
師走の声聞くたび想う歳の市にぎわいみせた通り今無し 石巻市蛇田/菅野勇
【評】かつての歳の市のにぎわいは失われて、その通りも今は無い。時代の流れによるものか、または震災後の「無し」か。「想う」の一語が胸に迫る。
ラベンダーの枯れ枝はらえばその下に葉っぱ青々小さい春が 石巻市桃生町/佐藤俊幸
「安らかに」の付記の診断書そとたたみ傘ささで佇(た)つ銀(しろがね)の雨 石巻市開北/ゆき
ガラス越し差す冬の陽の暖かく包みくれいる一人居の身を 石巻市あゆみ野/日野信吾
柚子の湯の香り広がる浴室の湯気の窓越し風の声聞く 東松島市赤井/茄子川保弘
ひとり身の息子に届けるユズなます、ナメタの煮つけ、枝豆少し 石巻市流留/和泉すみ子
お正月スーパームーン輝いて月も日本の新年祝うか 東松島市矢本/畑中勝治
自在鉤鉄鍋吊るしてドンコ汁家族揃いし幼き日過(よ)ぎる 石巻市水押/阿部磨
冬至の今日庭の小枝でゆれている小鳥は知らぬ吾の誕生日 石巻市湊東/三條順子
冬至過ぎ春の足音聞こえ来る心弾めど体が疼く 石巻市不動町/新沼勝夫
今日だけは猫になりたいためらわずプイと行ったり牙をみせたり 石巻市流留/大槻洋子
母の年越えて向かわん新年へ向こう岸には友らの笑みが 石巻市南中里/中山くに子
今年こそ歩いてみせるの気迫あり努力努力の年になります 東松島市野蒜ケ丘/山崎清美
ともすれば世論は此れかテレビ塔丘に聳えて睥睨(へいげい)してる 多賀城市八幡/佐藤久嘉
新春の学生たちの晴れ舞台色とりどりのたすき輝く 石巻市水押/佐藤洋子