短歌(3/8掲載)

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

【斉藤 梢 選】


一時(いっとき)の寒さの緩みに鳴くひばりまた春が来るこの海に春  東松島市矢本/川崎淑子

【評】二月でも寒さが緩む日があり、鳴くその声に春を感じた作者。でも、この歌は下の句に思いが込められている。春はめぐり来るけれど、春の兆しを喜ぶだけの歌ではないことが「この海に春」の結句が示している。三月十一日という日を越えなければ真の春はやって来ない。十五年経ても、あの日の海を忘れない人は多くいる。大伴家持の「うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば」を思いつつ、家持とは違う「心悲しも」をこの一首から受け取る。


雪降るになぜに山茶花赤く咲く老いの寒がり笑うが如く  石巻市駅前北通り/津田調作

【評】冬の寒さに負けずに咲く「山茶花」。雪の白と花の赤のコントラストが美しい。雪が降るのに「なぜに」赤く咲くのかと問いつつ寒がりだと自覚しつつ、自身は冬の日々を生きているのだろう。「老い」の一語があるゆえに「笑うが如く」の結句が、読者の心に深く届く。花を詠む歌は、見ている時の作者の心情を表す。花を描写するのみの作品にはない情感が漂う。


食べること苦痛なりけりふるえる手悲しく辛く悔しいかぎり  東松島市野蒜ケ丘/山崎清美

【評】病を抱えながらも、生きようとしている懸命さ。それでもどうしようもないことがあり、その現実に心が痛む。一首が叫びのようでもある。「食べること苦痛なりけり」は独白。作者にとって今、詠むことは生きることに直結しているのだと思う。


母の背の温もり今も小春日のように脳裏をよぎりて愛し  石巻市桃生町/千葉小夜子

【評】「小春日のように」が、母の優しさを表している。何度も思い出す「母の背の温もり」。杳(とお)き日の「温もり」だけれど、寒い日の作者を今も温めている。


新わかめ食して思うあの刹那 十五年目の海平らけく  東松島市矢本/門馬善道

如月の二十四日で早四年いつの日終わる悲しき戦  石巻市あゆみ野/日野信吾

酷寒の立春に芽を出す雑草(くさ)たちに弱音を吐きて力をもらう  東松島市赤井/佐々木スヅ子

厳寒の今日のこの日が投票日寒さに耐えて物価に耐えて  東松島市矢本/畑中勝治

限界に挑む五輪の若人の着地の瞬間息止め見入る  石巻市大街道南/後藤美津子

地面よりタイヤ剥がるるごとき音のこして朝の駐車場を出づ  女川町旭が丘/阿部重夫

早咲きの梅咲く庭の日陰雪消えた朝でも変わらぬ寒さ  東松島市赤井/茄子川保弘

春雷の轟く海での流し網カジキやカツオ昔を偲ぶ  石巻市水押/阿部磨

病院のベッドで過ごす一日は時の流れが止まったごとく  石巻市水押/佐藤洋子

梅の木に自然の動き知らさるるいつしかふくらみ開花の兆し  石巻南中里/中山くに子

あかぎれを摩(さす)る今宵は母想ふかかとが語る遠き冬の日  東松島市矢本/田舎里美

網場神社祈り届きて定置網銀の鰯に春の海へと  石巻市二子/小松道男

用済ませ帰りに買ったほかほかのからあげ弁当自転車かごに  石巻市西山町/藤田笑子

老い二人豆撒く声の安らかさ福も鬼でもみんな内なり  石巻市門脇/佐々木一夫